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切羽へ行ったことがないので…

2012年03月09日 | 読書
 柄にもなく恋愛小説などを手にとった訳の一つには,この題名がある。

 『切羽へ』(井上荒野 新潮文庫)

 「切羽」は知らない言葉だ。ふだんならすぐ辞書となるのだが,そのまま読み進め,どこで出てくるか楽しみにしようと思った。

 その言葉に行き着く前に,もう一つ面白い言葉と出合う。

 「ミシルシ

 これは時代劇などで,「ミシルシ頂戴つかまつる」などというセリフのミシルシと同じであろうか。

 本文にはその部分はこう記されている。

 この島で私たちが正しく生きているという神託みたいなもの

 これは辞書を引いてみる。

 み・しる【御霊】
  皇位を示す印。もと鏡と剣,後に剣と玉,特に玉をいう。


 これは,これは。ずいぶんと飛躍した意味のとらえである。時代劇や合戦などでの使い方も比喩なのだろうか。
 ネットで調べたら,それは「御首級」ということであった。
 なるほど,これも独特な読み方だが,勉強になった。

 さて,「切羽」である。

 「トンネルを掘っていくいちばん先を,切羽と言うとよ」

というセリフがある。そしてそれはこうつながっている。

「トンネルが繋がってしまえば,切羽はなくなってしまうとばってん,掘り続けている間は,いつも,いちばん先が,切羽」

 対象が恋愛であるならば,なんと詩的なことばなのだろうと思う。
 お互いを目指して掘り進んでいくその先を表すことばは,通じ合ってしまった瞬間に姿を消してしまう。
 切ない響きがある。

 辞書には単純な作業用語として書かれてあるが,それを主題として取り上げたところに,この作家の感性の素晴らしさがあるのだろう。

 それにしても,実はあまりぴんとくる小説ではなかった。(直木賞作品には失礼か)

 解説の山田詠美がこう書く。

 これは,何かを失ったことのある大人のための物語である。

 よく目にするような一節である。
 結構いろんなことを失ってきている気がするが,掘り進んで得たものではないから重みがないのかな,と振り返ってみる。