和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

遠く・遠き。

2008-03-07 | Weblog
読売俳壇2月25日の小澤實選。その最初に

  降る雪や明治生れがまだ居るぞ  八王子市 石井白峰
 
【選評】「降る雪や明治は遠くなりにけり  草田男」を踏まえた。昭和の始めに詠まれた句だが、最近は「昭和は遠くなりにけり」という一節も眼にする。対して白峰さんは明治生まれの我はまだまだ元気と声を挙げる。

この句と選評とが楽しかったのでした。
ちょうど、最近読んだ萩原朔太郎著「郷愁の詩人 与謝蕪村」(岩波文庫)が気になっておりましたので、それと結びつけて、何か書きたくなりました。


中村草田男句集「長子」の目次は、春夏秋冬とわかれておりました。
その冬の部に「降る雪や明治は遠くなりにけり」がありました。

萩原朔太郎著「郷愁の詩人 与謝蕪村」の目次はというと、
「蕪村の俳句について」があり、それから春の部・夏の部・秋の部・冬の部。そして春風馬堤曲。さらに附録芭蕉私見と続きます。
さて、春の部の最初は

  遅き日のつもりて遠き昔かな

その後に、萩原朔太郎は「蕪村の情緒。・・・特に彼の代表作と見るべきだろう。」とはじめておりました。つぎの句は、

  春の暮家路に遠き人ばかり

また、まとまった句がつづくなかに

  花に寝て我家遠き野道かな

というのもあります。ここに「遠き」という言葉があるんですね。
草田男の「遠く」と、蕪村の「遠き」をむすびつけたい私がおります。

蕪村の春の部には

  閣(かく)に座して遠き蛙(かわず)をきく夜哉(かな)

これを朔太郎は
「『閣』というので、相応眺望の広い、見晴しの座敷を思わせる。情感深く、詩味に溢れた名句である。」と書いております。

ちなみに、蕪村の「春風馬堤曲」を萩原朔太郎は
「この長詩は、十数首の俳句と数聯の漢詩と、その中間をつなぐ連句とで構成されてる。こういう形式は全く珍しく、蕪村の独創になるものである。・・・」と書いております。その春風馬堤曲の最初の2行はこうはじまっておりました。

   やぶ入りや浪花を出て長柄川
   春風や堤長うして家遠し



こうくると室生犀星の「小景異情」から引用したくなるじゃありませんか。


   ふるさとは
   遠きにありて思ふもの
   そしてかなしくうたふもの
   よしやうらぶれて
   異土の乞食(かたい)となるとても
   かへるところにあるまじや

   ひとり都の夕ぐれに
   ふるさと思ひ涙ぐむ
   その心もて
   遠き都にかへらばや
   遠き都にかへらばや


「遠く・遠き」連想でした。
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朝日の社説。

2008-03-07 | Weblog
朝日新聞の古新聞をもらって来ては読むのでした。
軍隊でいえば、下士官が充実しているのに、
大本営にいる幹部がいけないという構図が
私には、朝日新聞にも色濃く感じられるのですが、
皆さんは、いかがですか?

ところで、古新聞はまとめて読みますから、
ふだんは気づかない視点を得ることがあります。
たとえば、社説。
2008年の3月1日「ギョーザ事件 冷静に対立を解きほぐせ」という見出し。
次の3月2日「米兵釈放 それでも事件は消えない」という見出し。

うん。私は思うのです。見出しを取りかえてみたらとね。
たとえば
「ギョーザ事件 それでも事件は消えない」
「米兵釈放 冷静に対立を解きほぐせ」
という見出しもありなんじないか。その見出し取替えを許さない縛りが朝日にはある。

そう思うくらい朝日新聞の社説は、大本営発表の臭いがします。
あとで、発表に踊らされていたと、わかってたんと反省してみるのもいいのですが、ここはひとつ小林秀雄風に、「反省したいやつはたんと反省するがいい。私は反省などしない」なんて語るのもいいなあ(何をいってるんだか)。
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