和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

ゆず花蕪村。

2008-03-11 | Weblog
杉山平一氏は、田中冬二についてこう書いておりました。
「最晩年の詩集『サングラスの蕪村』(これは田中冬二の世界を伝えてぴったりのしゃれた題名だと思うが)・・」(p223「戦後関西詩壇回想」)

与謝蕪村と田中冬二との取り合わせ。
萩原朔太郎著「郷愁の詩人 与謝蕪村」を、興味深く読んで、
つぎに田中冬二著「サングラスの蕪村」を読むとすんなり入っていけるのでした。まるで、過去から現在へと補助線のように続く参道をテクテクと歩いている気分になるのでした。
――「サングラスの蕪村」という題名自体が、それを暗示しておりました。

たとえば「サングラスの蕪村」のはじめの方に

「芭蕉の
 ――菊の香や奈良には古き仏達
菊の香と古き仏の対照 そのセレニテ そして奈良という地名
秋の気がひしひしと身に迫る
又蕪村の
 ――鮒鮓(ふなずし)や彦根の城に雲かかる
何というあかるいアクセントだろう
強いエーテルの波動に眼が痛くなるようだ
蕪村はフランスの画家カモワンやオットマンのようなカラーリストだ
芭蕉と蕪村この二人のセンスのフレッシュなことは驚くべきで
現代の詩人や俳人などの及ぶところでない」


「鄙びた田舎の粗末な川魚料理屋で、・・・・
膳に鯉の洗いの皿と、じゆんさいの酢のものの小鉢 
鯉の洗いの皿にはゆずの花が一つあしらいにあつた
そのゆずの花が蕪村を思わせ 
故人――郷愁の詩人蕪村が私に言う
――俳諧は俗語をもつて俗を離るるをよしとする 
詩もまたフィクションをフィクションらしからぬものにすることだと」

ちょいと、芭蕉・蕪村につきすぎるでしょうか。
それなら、こんな箇所はどうでしょう。


「セクシーなその女を思いながら
――好い女だなあ とひとり言の私に
――何ですの と家内が言うので
――好い陽気になつた とごまかす
庭に山ざくらの花が咲いている」


コメント
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