和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

ねぼけ人生。

2010-08-07 | 短文紹介
水木しげる著「ねぼけ人生」(ちくま文庫)。
これを読んでると、私は水木作品のどの漫画を読むよりもわかりやすい。と思うんです。そこが他の漫画家との違いなのかもしれませんね。
すこし引用しておきます。

「僕と山下清は、同年同月生まれだったから、非常に親しみを感じている。山下清は、僕の少年時代から既に有名で、僕の母は、彼が新聞に出るたびに『お前によく似た子供がいる』と言っていたから、山下清式の行き方をほほえましく見ていた。だから、無意識のうちに、山下清の影響をうけていたのかもしれない。」(p137~138)

なんていうのは、水木漫画を読んでいては、気がつかない(笑)。

この本の章立てが、おもしろい。
第一章 落第
第二章 戦争
第三章 貧乏
第四章 多忙
それでもって、第三章の最後の方にさりげなく、こんな箇所

「とにかく、長年の貧乏は、あの半死半生の目にあった戦争よりも苦しいほどで、一山100円の腐ったバナナを買って食うのが無上の楽しみという、人には話せないような思いをさせる貧乏を、せめてマンガの中だけでも、魔法の力によって撃破できたらと、ペンを握る手にも思わず力が入るほどの意気込みだった。」(p199)

というのが「悪魔くん」を書き始めた頃の様子だったのでした。
これもマンガの読者であった私には、ただただ分からない世界でした。

ちょうど、NHK朝の連続ドラマ「ゲゲゲの女房」では、
アシスタントの池上遼一・つげ義春らしき面々が、アシスタントから巣立ってゆくところです。それじゃ、この本では、アシスタントはどう書かれていたか。

水木氏とアシスタントの攻防も読みどころでした。

「ヤリ手のマンガ家の中には、アシスタントをうまく訓練して、チーフというのを育て、チーフに陣頭指揮をとらせているらしいが、我が水木プロは、オヤカタ自らが陣頭指揮をとらねばならない。オヤカタがアシスタントの何倍も仕事をして、その上、アシスタントがなまけたがるのを監視し、さらに、時には、アシスタントをおこらなけらばならない。おこるというのは楽しいことではないから、これがまたこたえるのである。
そのうち、最も戦力になっていたつげさんが奇妙な手紙のようなものを残して蒸発した。・・つげさんの事件は、それでよかったが、池上君が、才能を認められて週刊誌の連載の話が来たので独立することになった。池上君がぬければ水木プロはさらに戦力が低下するので、またアシスタントを補充しなければならない。ところが、入社テストが面接して十秒以内に即決するという採用のしかただから、失敗が多い。
新しく入ったのは、YとHという二人だった。これがまた奇人だった。Yは、アシスタントのくせに絵を描くのをいやがるという性格で、仕事をさせるのにひと苦労。Hは、あわてもので、やたら階段でつまずいてはころんでいた・・・
アシスタントの歩き方にまで気を配らなければならないから、たいへんなのである。僕と対照的な立場にいるのが、つげ義春氏だ。つげさんは、例の蒸発旅行から帰ってから水木プロをやめていたのだが、時々仕事を手伝いに来た。それ以外にも、気がむくと、ふらりと遊びに来ることがよくあった。つげさんの脱俗ぶりは、まるで仙人のようなオモムキがあった。」(p225)

さて、朝ドラマでのアシスタントたちは、これからどうなってゆくのでしょう。
コメント (2)
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