岩波書店の「幸田文対話」での、対談の最後は山中寅文氏でした。
題して「樹木と語る楽しさ」。
幸田文の文章・作文を読むと、「文化」という言葉を思い浮かべます。
カルチャー・culture。動詞のcultivateは、田畑を耕作する。(心や腕を)磨く。(精神を)修養する。(身を)修める。
とりあえず。英和辞典の列挙をならべてみましょ。そうしましょ。
(作物を)培養する、栽培する、養成する。(文藝など)修める、修練する。(武芸など)修行する、研く、練磨する、琢磨する。(善い習慣など)養ふ、修養する。(人と交際を)求める、(交情を)温める。
対話の山中氏とのはじまりに幸田文さんは、こう語っておりました。
それは小石川植物園へ出かけたことを語っております。
【幸田】・・・ふと思いついて植物園に出かけたのです。
ところが園の中は広いし、植物は何もしゃべらないし、まことにどうも、面白くない。ベンチに腰かけていたら、白衣を着た人が通りかかった。「植物園の方ですか」って声をかけると「そうだ」と言う。ベンチの後ろにスーツと何本かのもみじが並んで折柄実がなっていました。「あれ、幾つくらいなってるんでしょうね?」ってその人に聞いたら、言下に「まあ、五千だね」って。たまげました。おっかぶせて「どうしてわかるんですか?」そう聞いちまうと・・・「そりゃ、数えたことがあるからさ」といわれ・・されから、もう二十年になるのですね。
そのあとに、イイギリ(飯桐)の実には、どれくらいの種が入っているかという質問に山中氏は「六十から九十入っていますね」と答えたことから、その話題が膨らんでいくのでした。これ象徴的なので、この箇所も引用します。
【幸田】小さな実の袋の中にがむしゃらどっさり入っている植物の種子みると、私は主婦人間ですから、ピンと、タラコだとか魚の卵を連想して納得します。細かいものの力というのは、大へんなものだと思う。それから、「何でこんなに沢山子どもを産まなきゃならないのかしら」と考える。山中さんは「みんながみんな大きくなんねからだ」というわけ。
【山中】たとえばランの種子は、一果に十万ぐらい入っていますが、まれにしか生えてきません。種子の多い植物は弱いのです。一番強い種子は何かというとドングリですドングリは、一つしか実がなりませんが、どこに落ちても必ず芽が出る。種子の多い、一本に何十万も種子のなる木はまことに弱いけれども、神様がもしたくさんの実をつけて下されば、千に一つは生えるので、それで充分ということになるんですね。
これが、対談のはじまりでした
ああ、そうかと私が思ったのは、
どうも、本を読んだりすると、私はあれこれと関係ないことを思うのでした。
そうすると「種子の多い植物は弱いのです」という山中氏の言葉が、あらためて味わい深く思えるのでした。
そういえば、あれこれと思うなかに、ドングリということで、寺田寅彦に「団栗」をテーマにした随筆があったなあ。
題して「樹木と語る楽しさ」。
幸田文の文章・作文を読むと、「文化」という言葉を思い浮かべます。
カルチャー・culture。動詞のcultivateは、田畑を耕作する。(心や腕を)磨く。(精神を)修養する。(身を)修める。
とりあえず。英和辞典の列挙をならべてみましょ。そうしましょ。
(作物を)培養する、栽培する、養成する。(文藝など)修める、修練する。(武芸など)修行する、研く、練磨する、琢磨する。(善い習慣など)養ふ、修養する。(人と交際を)求める、(交情を)温める。
対話の山中氏とのはじまりに幸田文さんは、こう語っておりました。
それは小石川植物園へ出かけたことを語っております。
【幸田】・・・ふと思いついて植物園に出かけたのです。
ところが園の中は広いし、植物は何もしゃべらないし、まことにどうも、面白くない。ベンチに腰かけていたら、白衣を着た人が通りかかった。「植物園の方ですか」って声をかけると「そうだ」と言う。ベンチの後ろにスーツと何本かのもみじが並んで折柄実がなっていました。「あれ、幾つくらいなってるんでしょうね?」ってその人に聞いたら、言下に「まあ、五千だね」って。たまげました。おっかぶせて「どうしてわかるんですか?」そう聞いちまうと・・・「そりゃ、数えたことがあるからさ」といわれ・・されから、もう二十年になるのですね。
そのあとに、イイギリ(飯桐)の実には、どれくらいの種が入っているかという質問に山中氏は「六十から九十入っていますね」と答えたことから、その話題が膨らんでいくのでした。これ象徴的なので、この箇所も引用します。
【幸田】小さな実の袋の中にがむしゃらどっさり入っている植物の種子みると、私は主婦人間ですから、ピンと、タラコだとか魚の卵を連想して納得します。細かいものの力というのは、大へんなものだと思う。それから、「何でこんなに沢山子どもを産まなきゃならないのかしら」と考える。山中さんは「みんながみんな大きくなんねからだ」というわけ。
【山中】たとえばランの種子は、一果に十万ぐらい入っていますが、まれにしか生えてきません。種子の多い植物は弱いのです。一番強い種子は何かというとドングリですドングリは、一つしか実がなりませんが、どこに落ちても必ず芽が出る。種子の多い、一本に何十万も種子のなる木はまことに弱いけれども、神様がもしたくさんの実をつけて下されば、千に一つは生えるので、それで充分ということになるんですね。
これが、対談のはじまりでした
ああ、そうかと私が思ったのは、
どうも、本を読んだりすると、私はあれこれと関係ないことを思うのでした。
そうすると「種子の多い植物は弱いのです」という山中氏の言葉が、あらためて味わい深く思えるのでした。
そういえば、あれこれと思うなかに、ドングリということで、寺田寅彦に「団栗」をテーマにした随筆があったなあ。