この記事の下にある、「彼岸、墓参りのことなど、、、」の写真です。先程撮った写真です。
このお寺は江戸時代になる前の1594年に八王子城の主の北条氏照の滅亡後の4年目に創建されたようです。下の小さな写真の中に歴代の住職の葱坊主形の墓があります。
佛教国の日本の一風景としてお楽しみ頂ければ嬉しく思います。
今日は彼岸の入り、こちら側からあちら岸へ旅立ってしまった父母、祖父母、親類を思い出して追悼します。お墓へ花と線香を供えに行きます。私自身の父母の墓は仙台にあるので10月に行くことにして、今日は家内の実家のあった日野市のお寺へ行きます。本堂のお釈迦さまへ供える和菓子を家内が昨日から買って用意しています。お寺はそんなに立派ではありませんが、江戸時代の初期からある古い寺で、本堂の裏に大きな欅の木が空高く繁っています。墓地を守っています。いかにものどかな村のお寺という風情があります。
家内の実家は甲州街道の日野宿にあった古い家です。日野宿は上宿、中宿、下宿に分かれています。実家は下宿にある本家から、明治時代に分家して中宿に屋敷を構えました。親類筋には新撰組の土方歳三や日野市の市長などがいますが、特に名家というほどでないごく平凡な庄屋でした。
毎年、春と秋の彼岸には家内と2人で花と線香を持ってお寺に行き、お墓に供えます。年中行事の一つですが、私にとってはとても楽しい行事です。その理由が3つ程あるのです。
まず家内が幼少の頃の楽しかった思い出をいろいろ話してくれます。父母、特に父に愛された思い出を喋ってくれます。そんな彼女の少女時代に帰った様子を見るとデートをしていた頃のことなどを思い出してこちらも楽しくなるのです。
二番目の理由は家内が自分の両親、祖父母の墓の他に、思い出のある親類の墓へも線香を上げる事です。自分を可愛がってくれた、おじおばや一緒に遊んだ いとこ達の墓を回って線香をあげます。そんな女らしい優しさに溢れた家内の表情を見るのが楽しいのです。そして無縁墓へも線香を上げます。
第三の理由は墓場を回りながら、今は亡き自分の父母や祖父母のことを思い出します。お世話になった恩人達の元気が顔を鮮明に思い出します。感謝の気持ちを捧げながら冥福を祈ります。そして家内は病気になった私の父の看病をよくしてくれた事も有難く思います。仙台に居た私の父や母の為に何度も看病へ行ってくれたのです。親不幸の私のつぐないをしてくれました。
そして今年は特にブログで知り合った「ひかるのさん」の事を思い出し、冥福を祈ります。バンコックやカトマンズに25年間住みながらアジアの手織り布を広く蒐集し、東京で展示会を開いていました。3度展示会へ行き、ひかるのさんの話を聞きました。肺ガンになり急遽帰国し、東京厚生年金病院に入院しました。家内と一緒に見舞いに行きました。抗癌剤の投与を始める前だったので元気に話をしていました。その後、抗癌剤の投与もむなしく、今年の5月に亡くなりました。また8月に亡くなった家内の茶道の先生のこともお祈りします。ホスピスに1月から8月まで毎週日曜日の礼拝の前にお見舞いに伺って、いろいろお話したことなどを思い出します。
彼岸になる。墓参りに行く。楽しい事、悲しかった事をあれこれ思い出す。家内の優しい姿を見て心が和む。ですから私にとって墓参りは楽しい行事です。
しかし自分より先に子供を亡くした場合は悲しみが大きすぎると思います。ですから墓参りは人それぞれ想いが異なります。私自身も仮に妻が先に死んで、その墓参りへ行くとしたら、こんな気楽な文章は書けません。
それだからこそ、今日も皆様のご健康をお祈り申し上げます。藤山杜人