後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

フランシスコ・ローマ法王と一般信者との間の親しい関係

2014年06月08日 | 日記・エッセイ・コラム

日本のカトリックの一般信者の多くはイタリー語が話せませんし、ローマに住んでいた人も少ないのです。ですからローマ法王とはなんとなく距離感を持つのは仕方のないことです。

カトリックの組織は全て直接ヴァチカンの教皇庁の傘下になっていて、本来は距離感は生じない筈ですが、欧米のカトリック信者のように教皇を気軽にパパ様とは呼べる雰囲気ではありません。

しかし現在のフランシスコ法王は実に気さくな方で、世界各国の一般信者、とくに貧しい信者からは親しみをもって慕われています。

貧富の差が激しい南米から初めてローマ法王になって、いつも貧困階級に寄り添っている様子が従来のローマ法王とは非常に違う様子です。

今日のミサの共同祈願で、フランシスコ法王が以下の祈りをして下さいと全世界の一般信者に頼んで来たのです。

「教皇フランシスコの招きに応え、イスラエルのペレス大統領とパレスチナ自治政府のアッパス議長が本日聖霊降臨の主日に、初めてヴァチカンで教皇と共に平和のために祈りをささげます。主よ、聖ペトロの墓から発せられた平和への祈りが世界の隅々まで広がりますように祝福してください。」

ローマ法王が、アメリカでさえ仲裁出来なかったイスラエルとパレスチナ自治政府の仲裁をして、和平交渉に結着をつけようという試みなのです。

本来、ローマ法王はこのような政治問題には直接かかわらないものです。

しかし、フランシスコ法王は5月26日にイスラエルを訪問し、パレスチナ難民と会い、その貧しさに心を痛めたのです。

なんとかならないか?自分には仲裁する政治的能力があるだろうか?自問し、自問し、これは神に祈る他は無いという結論になったのです。

そして自分だけが祈るのではなく、全世界の一般信者にも一緒に祈って貰おうと考えたに違いありません。

フランシスコ法王の気持ちを想像すると、その人間的な考えに親しみを覚えます。法王との距離感が無くなりました。

新聞によると安倍総理も会見し、来年には来日する運びになりそうです。

嬉しいことなので書いてみました。

下に安倍総理のローマ法王訪問に関する朝日新聞のニュースを転載します。

写真・図版

ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王との会談で、贈り物の「魔鏡」について説明する安倍晋三首相=66日、バチカン、越田省吾撮影

 欧州訪問中の安倍晋三首相は6日、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王とバチカンの法王宮殿で約20分間会談した。安倍氏は法王に対し、2015年中の訪日を要請した。

15年は、明治期に布教を再開した欧州からの聖職者が、隠れキリシタンと出会った「信徒発見」から150周年だ。また、支倉常長が率いた慶長遣欧使節がローマを訪れ、法王パウロ5世と会ってから400年の節目でもある。日本のカトリック司教協議会は、法王の来日を招請している。

日本外務省によると、法王は時期を明示しなかったものの、「ぜひ、訪日したい」と述べたという。

世界の花々(1)ブラジルの花

2014年06月08日 | 写真

外国にはいろいろな美しい花々があるようです。そこで調べたその写真をご紹介したいと思います。
第一回は下の南米に関する記事の付録のつもりでブラジルの花の写真をお送り致します。

一番目と二番目の写真はブラジルという国の名前のもとになったブラジルボクの花です。
 
三番目と四番目の写真はマナカーという名前の花だそうで
五番目と六番目の写真は、春を告げるイッペ ロッショ(紫色のイッペ)の花です。

花々はその咲く土地に住む人間とさまざまな会話をし、その地方の文化と深くかかわっていると信じています。ですから私は、世界各国の花々を見て、その地方の人々やローカル文化を想像して楽しんでいます。皆様もお楽しみ頂ければ嬉しく存じます。それにしても花々の写真は華やかでもありますが何か淋しいものです。そんな感じを受けるのは私だけでしょうか。
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一番目と二番目の写真はブラジルという国の名前のもとになったブラジルボクの花です。昔は染料に用いられていたそうです。写真の出典は、yoshijiwada さんのブログ:http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada/43732716.html...です
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三番目と四番目の写真はマナカーという名前の花だそうで、出典はyukun2008さんのブログ:http://yukun2008.exblog.jp/10495972/です
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そして五番目と六番目の写真は、春を告げるイッペ ロッショ(紫色のイッペ)の花です。写真の出典は、ブラジル移住半世紀の和田好司さんのブログ:http://www.junkstage.com/wada/?p=537 です。
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カトリックと貧富の差、そしてスペインとの絆・・・南アメリカをもっと知ろう!

2014年06月08日 | 日記・エッセイ・コラム

今年のサッカーのワールドカップは初めて南米で開催されます。場所はブラジルのリオデジャネイロです。

南米には日系移民も多く、かなり親日的な国が多いのです。しかしその割には多くの日本人は南アメリカの実態をあまりご存じないようです。

そこで昔の話ですが、私自身が体験したブラジルの北隣の国、ベネズエラの旅について簡単に書いてみたいと思います。

ベネズエラは南米大陸の北の部分を占める国です。1976年に、2週間ほど滞在しました。

南米は何処に行っても貧富の差が大きい所です。貧民街の光景には胸が痛みます。

しかしカトリックへの信仰篤い人々が住んでいます。

そして現在でもスペインやポルトガルと強い絆があるようです。私はスペイン人技師を訪問したのです。

その様子をスケッチ風に書いてみました。3枚の画に題目をつけると以下のようになります。

(1)都会を囲む山の斜面にある貧民街

(2)荒れた闘牛場でのカトリックのミサ。

(3)奥地で鉄鉱石を掘ってているスペイン人技師。

熱帯特有の、あくまでも深い色合いの青空と白雲の下、人々は陽気で、明るく生きています。しかし、貧富の差の大きさと、生活の厳しさは想像を絶しています。ベネズエラの風景は何故か悲しい思い出として心に焼き付いています。

(1)山の斜面の貧民住宅地帯

首都、カラカス市の国際会議で知り合った研究者に山の斜面を案内して貰いました。彼も貧民地帯の出身です。

斜面の下の入り口に、蛇口の壊れた水道が一個あり、水が流れています。半身裸の男の子が水の入ったヤカンを2個持って坂道を登って行きます。

レンガをシックイで固めた不揃いの小さな家々が重なるように、斜面を埋めて、上へ、上へと続いているのです。誰も居ない、ガランとした空虚な路地を乾いた風が吹いていだけです。

悪臭もせず清潔な感じです。中腹まで登ったら家の前で老婆が編み物をしています。我々をとがめるように、険しい目つきで見つめています。案内してくれた彼が何か現地語で挨拶し、話し始めます。時々笑顔を見せながら、彼と老婆が話し合っていました。

後で彼に聞いた事です。ガランとして誰も居ないのは、日雇いの仕事で、皆な出た後だからと。そして観光客が現地の案内人なしで来ると殺されるから私へ注意するようにと言ったというのです。

(2)荒れた闘牛場でのカトリックのミサ

私は旅行中でもカトリック教会を訪問したりミサに出席することにしています。旅の疲れが消えてしまうからです。

カラカスのホテルでカトリックのミサに行きたいと相談しました。

すると受付机のところにいたボーイが、それなら裏にある競技場へ、朝7時に行けと言います。

翌朝行くと、荒れて崩れかかった巨大な闘牛場の観客席を人々が埋め尽くしています。清潔そうではありますが、みんな貧しそうな身なりです。

真ん中の円形の土の上に小さな赤い絨毯をしいて神父さんが2、3人と、白い服を着た20人くらいの侍者を務める者の姿が見えます。

普通のカトリックのミサのようですが、スペイン語が分かりません。でも雰囲気や式次第が日本のカトリックと少し違うようです。現地に昔からある原始宗教と交じり合ったようなミサの雰囲気です。ああ、これも良いものだと思いました。

回りの人々はスペイン人とインデオの混血で浅黒い人が多いのです。日本人のように見える人々も多く、そんな中へ溶け込んでしまい、一緒に祈り、賛美歌も一緒に歌いました。メロディーを鼻声で。忘れられないカラカスでの思い出です。

(3)ジャングル奥地で働く技師たちとスペイン料理

早朝のカラカスの街を、四輪駆動車で出発しました。舗装の無いジャングルの道を4時間。鉄鉱石を露天掘りしている鉱山に着きます。私の専門が鉄冶金だったので、その鉱山を見学に行ったのです。

スペイン本国から来ている技師が英語で説明しながら採掘現場をあちこち案内してくれました。

見学後、会社のゲストハウスで一緒に昼食をとりながら、案内してくれたスペインの技師がワインを勧めてくれました。良く冷えた辛口の白です。

スペインのある地方から取り寄せたと彼が説明します。アペタイザーに、透きとおる細長い小魚のカルパッチョ風の皿がでました。

味が良いので感心して褒めました。それまで悲しそうな顔をして一度も笑顔を見せなかった技師が始めて笑顔になりました。これはアンギュラスと言ってスペイン独特の魚です。これが無いとスペイン料理になりません。本国から取り寄せました。日本人がスペインから輸入して、養殖してウナギにするので高くなりなかなか食べられません。急に饒舌になり、いろいろ説明してくれます。

ジャングルの奥地に住んでいると、料理の材料をスペインから取り寄せる以外、何の楽しみも無いと、寂しそうに話し続けるのです。

食後はシエスタ(長い昼寝)をしますと言って別れました。我々は赤茶けた凸凹道を車に揺られながらカラカスへの帰路につきました。

道路沿いには幹がスラリと高い椰子類のような樹木が茂り、木の下には見慣れない草が生えています。鉄鉱石を運ぶ長い無蓋貨物列車がゴットン、ゴットンと熱帯樹の向こうを走って行きます。スペインから来た技師の寂しさが身にしみる風景でした。

下にブラジルを旅した堀川慎司氏の旅のブログからリオデジャネイロの風景写真を3枚お借りして示します。一番目の写真はカトリックの教会です。二番目は郊外にある貧民街です。三番目は美しい海岸の風景です。写真の出典は、http://tabiyu.web.fc2.com/bra2.htm です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。

後藤和弘(藤山杜人)

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