部原海岸。
部原漁港に寄ってみます。
小さな漁港。漁船が数隻。突堤では釣り人が。
背後に迫る岩山。
街道に戻り、先を行くとトンネルが見えてきます。
北側入口から南側を望む。
南側の扁額には「風早隧道」とあります。
来た道を振り返る。
「箱岩」が海中に。
豊浜港。
「妙海寺宿坊 自在堂」。
ここを左折して海岸方向へ。
左の角に「加賀屋旅館」がありましたが、「売地」の看板が。
「水準点」。かつての街道であったことが分かります。
海岸沿いの道。「新官港」。
勝浦の市街地に入っていきます。
前方にこんもりした山。
「関東ふれあいの道 ←部原三叉2.0KM 勝浦駅6.4KM→」。
前方頭上に高架橋。
左手に使用不能のアパート。
丘の上には「日本武道館研修センター」。
ところで、勝浦市とは?
勝浦は古くから漁師町として栄えた。中心部の勝浦地区にある勝浦漁港は銚子漁港に次いで千葉県第2位の漁獲量であり、カツオの漁獲量は関東地方の漁港では最大である。
日本三大朝市のひとつである勝浦朝市や、かつうらビッグひな祭りなど、祭事・催事も盛んである。ご当地ラーメンとして2015B-1グランプリin十和田でゴールドグランプリを受賞した、まちおこし団体「熱血!!勝浦タンタンメン船団」の地域PR活動により有名になった勝浦タンタンメンは勝浦を代表するご当地グルメ。また、観光都市であり、リゾート開発が進んでいる。守谷海水浴場は快水浴場百選、日本の水浴場88選、日本の渚百選に選定されており、鵜原海水浴場などとともに水質は関東地方屈指の透明度である。
※佐賀県の呼子朝市、石川県の輪島朝市、千葉県の勝浦朝市が「日本三大朝市」と呼ばれています。その一つの輪島朝市が元旦の「能登半島地震」で、大火災が発生し、ほぼ焼き尽くされてしましました。
(「佐賀県呼子朝市」ではなく、「飛騨高山朝市」をあげる説もあります)
広い市域の北東部を総野地区、北西部を上野地区、南東部を勝浦地区、南西部を興津地区と呼称する。これは、昭和の大合併で「勝浦市」が成立する前の自治体の行政区域と一致する。太平洋沿岸部は国道128号、内陸部は大多喜方面へと接続する国道297号が縦貫している。
太平洋(外房)に面しており、関東平野に含まれ、市街地は太平洋の勝浦湾沿いに形成されている。市の北西部である上野地区は房総丘陵であり、海抜150 - 250メートルの丘陵性山地が広く分布している。南西部である興津地区は勝浦海中公園を持ち、海岸線のほとんどはリアス式海岸になっており、南房総国定公園に指定されている。市域の3分の2が山地である。
(この項、「Wikipedia」より)
実際、ここまで歩いて来ると、けっこう切り立った崖状の山地・丘陵が海に迫り、海岸沿いの旧道も起伏に富んでいる。
家並みも海岸と崖との間に立ち並んでいるようす。しかし、眼前に青海原が広がり、真冬でもすがすがしい印象の歩きでした。
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