おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

読書「蕾」(百年文庫)ポプラ社

2012-05-08 19:52:13 | 読書無限
 小川国夫「心臓」、龍胆寺雄「蟹」、プルースト「乙女の告白」の三編。小川国夫は好きな作家の一人。初期の頃の「青銅時代」や「アポロンの島」などもすてきだが、特に藤枝ものが・・・。土地とそこに住まう人々への底知れない愛着と屈折感。その微妙な人物の描き方が秀逸です。たんなる私小説というジャンルや心境小説という枠組みではとらえきれないものが、差悪品の底流にはあります。独特の透明感が何ともいえません。「心臓」は、青春後期にさしかかった主人公と二人の若い女性の関わりを描く。遺作の「弱い神」は、大部の小説で、読み応えがありました。
 龍胆寺雄の作品は、はじめて読みました。独特の作風。男女の子ども二人だけの放課後の秘密基地。二人だけの秘密の共有、遠く海外に行くことで別れという現実感。蟹をはじめとする、小さな生き物たちの生息、少年の恋心・・・。幻想的な表現とシビアな現実描写が奇妙に混ざった作品。
 プルーストは何回も途中で挫折した「失われた時を求めて」を思い出しました。自殺したが、即死せず、しかしあと一週間となった女性の回顧談。といっても最愛の母親を裏切った娘の告白。その原罪意識は、母は私の衝動的な性行動を目撃し卒倒して頭を打って死んだのか、見ないまま、直前に脳卒中で死んだのか、という謎。差し迫った自らの死という現実。そこに、母の死・十年前の出来事がよみがえってくる。
 「失われた時間」を死の直前に取り戻すためのことば。歴史も世界も、自らの記憶の中に存在する。死ぬことによって記憶を失うことで、その人にとっての歴史も世界も無に帰す。ふと、そういう死という現実を見つめさせられました。

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