おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

「ヒトラーへのメディア取材記録―インタビュー1923ー1940」(エリカ・ブランカ/松永りえ訳)原書房

2024-08-06 18:29:23 | 読書無限

「彼は透きとおるような青い瞳をしていた。山々の頂に映えるようなうっすらと青い、いたいけない子どもたちしか持ちえないような無垢な青い瞳をしていた」これは1938年12月10日付けの週刊誌『イリュストラシオン』、ロベールシュヴイエ記者が書いた一節だ。これほどまでに記者の心を癒やす幼子の眼差しの持ち主が、恐れを知らない征服者であると同時に情け容赦ない独裁者として君臨してから、かれこれ6年が経とうとしていた。(p004)

 

ヒトラーへのフランス人記者によるインタビュー。ヒトラーに面会できる人々は、ナチス側のいいなりだった「仏独委員会」を通して厳選された親独派フランス人となった。(以下、「訳者あとがき」より引用)

・・・ヒトラーに面会できる人々は「厳選される」のだから、選ばれたほうは悪い気がするどころか、優越感すら感じたのではないだろうか? 招かれる先はヒトラーの優雅な別荘のあるベルヒテスガーテンかベルリンの首相府。インタビューからは、いかに「厳選された」記者たちが舞い上がっていたのかが実によく伝わってくる。なかなか会えない総統に招待されるという特別扱いを受けてしまえば、いざ取材するときに、気まずくなるような質問をしつこく投げかけることなどできなくても当然だと、自己を正当化してしまうのだろう。

私が本書を初めて読んだときに頭に浮かんだのがほかでもない「忖度」という言葉だった。ジャーナリストにとって、時の権力者が自分を「厳選し」、「例外的に」自分のために時間を割いてくれるという前提ならば、それだけでじゅうぶんに「特別扱い」されていることになる。だとしたら、自分の書く記事はいわばその待遇への恩返しとして、権力者の意向を反映して手心を加えてしまうのは大いにありえることだ。本来記者がもつべき批判精神の入る余地がなくなってしまう。私自身、首相が大手メディア各社の記者を集めて会食し、記者側もスクープを得るためならそれに応じるのが当然だと自己正当化するような国に暮らしているからこそ、本書で著者が示唆したことが他人事に思えなかった。

実際、ヒトラーに「特別扱い」されたフランス人記者たちは、冷静に国際情勢を分析すればゆゆしき事態になっていたことは明らかなのに、自分の信じたいことを、すなわち「ヒトラーは国内においても国外においても対立を好まず、平和主義者である」と信じようとした。ナチスドイツの異常性の兆候、たとえば、「水晶の夜」のようなユダヤ人に対する暴動や迫害は見て見ぬふりをした。ヒトラーは平和主義者であると信じたいがために、彼(ら)の意向に斟酌した質問しかできず、自国民に懸念を抱かせるような情報は提供しなかった結果、気がついたら国の北半分はナチスドイツに占領され、南半分は親独派フランス人がつくった形だけの独立政府の管轄下というありさまになった。

ただでさえ人間は、自分の都合のいいことしか信じようとしない。メディアが時の権力者に懐柔されて、都合の悪い情報をシャットダウンしてしまったら、身の回りで何か異常なことが起きていたとしても、国民の側からすれば気のせいだと正常性バイアスがかかっても当然だろう。本書で著者が採り上げたヒトラーへのインタビューは、日本に限らず現代社会に通じる普遍的な問題提起をしている。なにせここでのヒトラーの発言は、論理的に雑な部分があったとしても、ほとんどがもっともらしいことだからだ。それでもぎりぎりのところで危機感を抱き、警鐘を鳴らせるかどうか、それこそが今の私たちにも問われている。(P356)

著者は、ヒトラーに「特別扱い」されたフランス人記者たちの終戦後の一人一人の生きざまを厳しい目で記している。そこに、著者のスタンスの一端がうかがわれる。

訳者のあとがきにもあるように、今の日本のマスコミのありへの厳しい警鐘をどう我々が受け止めるか。安倍内閣がいかに脅しを含め、執拗にマスコミ関係者を懐柔していったか。今も、田崎史郎をはじめ、マスコミ界で大手をふるい、先を争って「どっこしょ」しているコメンテーターたち。さらに、SNSあるいはX(旧ツイッター)を駆使し、国民から見離されつつある自公政権を何とか守ろうとしている。

今日は、広島に原爆が落とされて79年目。広島では慰霊の行事が行われている。核なき世界を望む声、行動を具体的に大きくしていきたい。


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