京成曳舟駅付近。押上線の高架工事も本格化してきました。電車は「曳舟」を出て、「押上」に向かいます。東武亀戸線を高架橋で通過。その京成線と東武線とさらに曳舟川通りに囲まれた三角形の場所に永柳工業の工場がありました。主にコルク製品や合成ゴム製品を製造している会社。時々、正門の脇で赤い腕章をした人達が、ビラ配りなどしていました。その工場が、付近一帯の大規模な再開発計画で移転。今思えば、そのことに関するビラ配りだったのかもしれません。
後地に、超高層のマンションが2棟でき、ショッピングモールも道を挟んで、資生堂の跡地を中心にができることで、今、盛んに工事中。すでにマンションの方は完成して、お店も営業しています。事業主体は、UR都市機構「独立行政法人都市再生機構」。
京成線側の超高層マンションは、「イーストコア曳舟二番館」。超高層の階の部屋にも、灯りがともり、たくさんの住民の生活が始まっています。すぐ近く(南側)では、スカイツリーの工事も盛んに行われ、すでに280㍍を超しました。それと対になるかのような「偉容」を見せています。
この辺りは、下町の入り組んだ街並みがあったところ、すっかりまたらしい高層建物が二棟、さらに北側はイトヨの建設が始まっています。ちょっと迷うのが、車で行った時、居住者はいいのでしょうが、部外者、お店に立ち寄る車の駐車場がわかりにくいこと。
写真に写るイチョウの大木。1945(昭和20)3月10日の東京大空襲。東武線の南側が壊滅的な被害を受けた、その地にあって焼けただれたイチョウの大木。見事によみがえってその当時の焼けこげを幹に残したまま、今も元気な姿を見せています。大空襲の生き証人の一つです。その向こうに「イーストコア曳舟二番館」が見えます。イチョウに近づくと、もう新しい芽がふくらんできている感じです。
後地に、超高層のマンションが2棟でき、ショッピングモールも道を挟んで、資生堂の跡地を中心にができることで、今、盛んに工事中。すでにマンションの方は完成して、お店も営業しています。事業主体は、UR都市機構「独立行政法人都市再生機構」。
京成線側の超高層マンションは、「イーストコア曳舟二番館」。超高層の階の部屋にも、灯りがともり、たくさんの住民の生活が始まっています。すぐ近く(南側)では、スカイツリーの工事も盛んに行われ、すでに280㍍を超しました。それと対になるかのような「偉容」を見せています。
この辺りは、下町の入り組んだ街並みがあったところ、すっかりまたらしい高層建物が二棟、さらに北側はイトヨの建設が始まっています。ちょっと迷うのが、車で行った時、居住者はいいのでしょうが、部外者、お店に立ち寄る車の駐車場がわかりにくいこと。
写真に写るイチョウの大木。1945(昭和20)3月10日の東京大空襲。東武線の南側が壊滅的な被害を受けた、その地にあって焼けただれたイチョウの大木。見事によみがえってその当時の焼けこげを幹に残したまま、今も元気な姿を見せています。大空襲の生き証人の一つです。その向こうに「イーストコア曳舟二番館」が見えます。イチョウに近づくと、もう新しい芽がふくらんできている感じです。
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