バッハに傾倒することは、バーディーにとっては、グレン・グールドに傾倒することとイコールである。というわけで私は、グールド全集(CD)の大半を持っているのである。
コンサートをやらず、練習もほとんどせず、夜も余り寝ないこの変人について知るには、自著もたくさんあるが、ミシェル・シュネデールの「グレン・グールド孤独のアリア」を読むのが一番良いと思う。
…ところで私は、ニューヨークに行くときに必ず訪れることにしている場所がある。それは、ジュリアード音楽院である(リンカーン・センターの敷地内にある)。そこでは、未来の世界的芸術家(音楽家、俳優、ダンサーなど)の卵、要するに才能ある子供たちが、日夜レッスンに励んでいるのを垣間見ることができるのである。その光景をみることによって、自分のだらけた日常がリセットされ、改めて「オレもがんばらなきゃ」という気分になるのだ。
グールドも若い頃、ジュリアード音楽院で研鑽に励んだ時期があった。ところが、彼は、この音楽院を忌み嫌っていたらしい。これは意外な事実である。ふーむ、今日はその理由について調べてみるとするか。
「言葉が尽きたところから、音楽がはじまる」(フランツ・リスト)
(つづく)
コンサートをやらず、練習もほとんどせず、夜も余り寝ないこの変人について知るには、自著もたくさんあるが、ミシェル・シュネデールの「グレン・グールド孤独のアリア」を読むのが一番良いと思う。
…ところで私は、ニューヨークに行くときに必ず訪れることにしている場所がある。それは、ジュリアード音楽院である(リンカーン・センターの敷地内にある)。そこでは、未来の世界的芸術家(音楽家、俳優、ダンサーなど)の卵、要するに才能ある子供たちが、日夜レッスンに励んでいるのを垣間見ることができるのである。その光景をみることによって、自分のだらけた日常がリセットされ、改めて「オレもがんばらなきゃ」という気分になるのだ。
グールドも若い頃、ジュリアード音楽院で研鑽に励んだ時期があった。ところが、彼は、この音楽院を忌み嫌っていたらしい。これは意外な事実である。ふーむ、今日はその理由について調べてみるとするか。
「言葉が尽きたところから、音楽がはじまる」(フランツ・リスト)
(つづく)