見過ごせぬ大学改革の副作用…「手術は成功したが患者は死んだ」となりはせぬか? 竹内洋(関大東京センター長)
「私はいまから半世紀ほど前の1961年に大学に入学したが、当時の大学は「教授天国」というべきものだった。雨の降る日は必ず休講にする教授さえいた。」
「次々に新しい改革案が大学に押し寄せる。大学改革が錦の御旗になってから文科省官僚をふくめての大学行政関係者にとっては、どれだけの大きな改革案を出すかのパフォーマンス競争のようになった気配すらある。教育改革の成果は時間がかかり検証しにくいから、思いつきの改革案が簡単にでることにもよるだろう。」
大きいのはカネ(予算、補助金)の問題である。
大学関係者の話を聞くと、国公立の場合だと予算・人員削減圧力が強く、何らかの「改革」を誇示しないと存在そのものが危うくなりかねない。私立も同様に、補助金削減圧力にさらされているのだろう。文部官僚だって霞が関では強いストレスにさらされているのではないか。
「改革」を声高に叫ぶ人たちの背後には、強いストレスがあるようだ。
「私はいまから半世紀ほど前の1961年に大学に入学したが、当時の大学は「教授天国」というべきものだった。雨の降る日は必ず休講にする教授さえいた。」
「次々に新しい改革案が大学に押し寄せる。大学改革が錦の御旗になってから文科省官僚をふくめての大学行政関係者にとっては、どれだけの大きな改革案を出すかのパフォーマンス競争のようになった気配すらある。教育改革の成果は時間がかかり検証しにくいから、思いつきの改革案が簡単にでることにもよるだろう。」
大きいのはカネ(予算、補助金)の問題である。
大学関係者の話を聞くと、国公立の場合だと予算・人員削減圧力が強く、何らかの「改革」を誇示しないと存在そのものが危うくなりかねない。私立も同様に、補助金削減圧力にさらされているのだろう。文部官僚だって霞が関では強いストレスにさらされているのではないか。
「改革」を声高に叫ぶ人たちの背後には、強いストレスがあるようだ。