⑤ 山内埠頭、市営プール
「今朝彼らは弁当を持つて、神奈川区の山内埠頭まで出かけ、倉庫裏の引込線のあたりをぶらついて、いつものとほりの会議をひらき、人間の無用性や、生きることの全くの無意味などについて討議した、彼らはかういふ不安定な、すぐ邪魔の入るやうな会議場が好きなのだ。」(「全集9」p266)
「登が首領のたのんで緊急会議を招集してもらつたので、六人は外人墓地下の市営プールに、学校のかへりに集まつた。」 (p364)
だが、ここにきて私は、この2つ以外にも議場があることに気づいた。
それは、正月に少年たちが会議を開催した、新しい議場:山下埠頭である。
ここには丸々一章(「全集9」p337~346)が充てられており、「コンテナ―の聚落」(p338)という呼称が与えられている。
取材旅行の際に訪れた山下埠頭の印象(1冊目の「創作ノート」p634~636)が強烈で、三島としてはどうしても小説に登場させたかったのだろう。
市営プールも同様と思われ、「創作ノート」では、続く2ページ(p637~638)が「水なきプール」とその周辺の描写となっている。
ちなみに、「元町公園プール」は、フランス人のアルフレッド・ジェラールが湧水を利用した水道事業を開始すべく取得した土地を、ジェラールの会社が経営不振に陥った後に横浜市が買い取って、昭和5年6月1日、湧水を利用したプールとして開設したものである(「横浜もののはじめ物語」p125)。
もっとも、「創作ノート」の「水なきプール」は、桜が終わった後の情景を記述したものだった。
「外人墓地の岡を下って高島埠頭に向う辺りを取材した時は、ちょうど桜も終わりの頃であった。夕暮れに近くたまたま市民プールの横でわれわれは車を降りて一服した。シーズン・オフで水を落したプールの青く塗られた底に一面に散った桜の花辨が、つむじ風に舞い上がっていた。
「これも桜吹雪っていうんだろうか」
三島はメモを取りながら振り返って言った。
このときの情景を三島は作中で、第二部の「冬」の場面に使っている。」(川島・前掲p198)
小説の中で、登は”首領”に竜二の「罪科決算報告」(「全集9」p633)を行った。
そして、少年たち(裁判員たち)は、誰もいない真冬の空っぽのプールを眺めながら、竜二に対し「死刑」を宣告したのである。