明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



熟練の技を持ち、なにげなくヒョイと作った作品が良い、などというのが理想である。しかし私には一生無理であろう。熟練の技といっても、夏休みのアルバイトと同じで、慣れた頃には一生は終わってしまうに決まっている。 当ブログでは制作のことに関しては、Kさんの不行跡同様、どうしようもないことは書かない。始めたは良いが、このまま続けて完成に至るのか、ということはしょっちゅうであり、この目も当てられない、歯軋り状態のことにはほとんど触れない。やってるうちになんとなく完成しました、ということにしているわけである。  ここ数日、突然制作を開始した作品も、そもそも思いついたイメージが、いつもと違う調子だったので、惨憺たる状態であったが、こうして書いているくらいだから、まあ最悪の状態は脱した、ということであろう。 この作品は撮影の効可を考えて、頭髪は人毛を植えようと考えている。初めての試みである。人毛は、今から十数年前に、たまたま知り合った美容室勤めの女性に、客の許可を貰って送ってもらった物と、知人の女性が短くする、というので貰っておいた物がある。 当時送ってもらったのは良いのだが、頭髪は頭から生えているから、みどりの黒髪だキューティクルがどうした、というのであって、ひとたび切り離されたとたん、これはもう全く別物である。美容室経由の物はシャンプーなのかなんなのか、ずいぶんと香っていたし、知人の方は、ご丁寧にも和紙で包んであり、これでは何かの捧げ物である。つまり一瞥をくれただけで後ずさりし、以来開けていない。いよいよ制作だ、ということになればなんということはない。といいたいところだが、撮影用に入手した蛸も、撮影後生食のつもりが、茹でて冷凍庫に蓋をして、恨めしげな目と匂いを忘れるまでしばらく要したから、まだまだ修行が足りないということであろう。

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