加賀まりこと塚地武雅が親子役で共演。加賀まりこにとっては1967年『濡れた逢びき』以来54年
ぶりの映画主演作である。
古民家で占い師をしている山田珠子(加賀)は50歳になる自閉症の息子の忠男(塚地)と二人で
暮らしていた。
隣家に引っ越してきた里村一家は、山田宅の庭にある梅の木の枝が通行の邪魔で文句たらたらの
里村茂(渡辺いっけい)だったが、その妻・英子(森口瑤子)と息子の草太(斎藤汰鷹)は珠子
や忠男との関係がうまくいき始めていた。
作業所に通う忠男は最近落ち着いて仕事ができるようになり、珠子は、いつか自分が亡くなった
あと息子が生活に困るという考えから、知的障害者が生活するグループホームに入居させる。だ
がそこで、ある小さな事件が起こってしまう。
地域の人に会えば挨拶する。必要なら声をかける。そういう普通のことでいいと思う。
その人を知ることに特別なことはあるのだろうか?
乗馬クラブが地域に存在し、馬が脱走することも地域の迷惑として取り上げられているが、乗馬
クラブを定期的に地域の人や障がいのある人に開放し、ふれあいの場として提供すれば良いので
はないか?
「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」に由来したタイトル。手をかけて育てることが必要との意味
を表す。加賀まりこはパートナーの息子さんが自閉症であるとか。占い師としての破天荒さと、
息子を思う母と絶妙なバランスである。塚地武雅ともいい親子だと思う。
この作品は徐々にクチコミで上映館が増えていっている。
映画を鑑賞しながら、ケーススタディのように話す人が見受けられたが、まずは映画鑑賞して、
ケースについて話すのはあとにしてほしい。→コロナ禍でもありますしね。