主演であり、プロデューサーでもある吉永小百合が、宣伝活動も買ってでていて、テレビにも精力的に出演していた。『北の零年』『北のカナリアたち』に続く〝北の三部作〟に位置づけられる。吉永小百合、120作目の映画。
記憶に障害が出てきた母親・江蓮てつと息子の修二郎が、母親の過去を振り返っていくうち、ある記憶を思い出す。
息子は母親の予測できない行動に寄り添いながら、母親と悪化していた関係を見直していく。
樺太にロシアが侵攻してきた時代から物語は始まる。
庭に桜を植え、桜を見守りながら出征した夫の帰りを待つが、それが不可能な状態に。息子を連れて、樺太を離れ、網走にたどりつく。苦労を重ねながら生きていく、てつたち。
その姿を追う。
本編の途中では、舞台での表現が登場。命からがら生き延びていくさまが、舞台演出によって再現される。
この演出は、ラストで大団演となる。
映画が突然、舞台作品となり違和感ありと思うかどうか?(ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出)←舞台作品としてはすごくよくできていると思う。
修二郎を演じるのは堺雅人。アメリカに渡った彼は、妻の父の力を借り、ビジネスで成功している。
その妻の真理を演じるのは篠原涼子。てつの夫には阿部寛。
主に母と息子の旅、母の記憶の舞台演出、息子の事業と場面は展開していく。
監督は『おくりびと』の滝田洋二郎があたっている。
タイトルとなっている桜は冒頭で出てくるが、桜守というほどの場面はない。
タイトルと中身のギャップは感じた。また、映画で舞台表現がくるのはおもしろい試みとも言える(『何者』にもあった)が、慣れない人には違和感があるかも。もしかたら、コスト面を考えての演出なのかもだが。北海道の景色をもう少し見たいというのはあった。
劇場には高齢者が多かったが、すすり泣いてる人もいた。