北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

シリア情勢 NATO大使級緊急理事会、シリア軍によるトルコ空軍F-4撃墜事案で召集

2012-06-27 23:14:01 | 国際・政治
◆高まる緊張、領空侵犯事案と越境難民増大
 シリア民主化運動を契機に同国のアサド大統領が武力鎮圧を決定し、機甲部隊による無差別攻撃が重大な人道問題となっているシリア情勢は新しい展開を迎えました。トルコ空軍機の写真が無いので、写真は横田基地の日米機を使用します。
Simg_8826 22日、シリアと国境を接するトルコ空軍が運用するF-4戦闘機、一部報道ではRF-4戦術偵察機がシリア軍の対空攻撃により撃墜され、乗員二名が行方不明となる事案が発生しました。シリア北部国境はその全域がトルコとの陸上国境であり、シリア西岸は地中海を真西にキプロス共和国、その真北がトルコという立地、両国は領海が接しているほか、排他的経済水域も中間線を経て接しています。この上空をトルコ空軍のF-4が飛行、シリア側の主張ではトルコ空軍機の領空侵犯事案が発生し、これに対し迎撃行動を取ったと主張しているのですが、トルコ空軍によれば航空機は公海上に墜落したとの主張です。RF-4かF-4か、これは些末な問題ですがトルコ空軍のF-4は90機程度、ファントム2020改修が実施され、次期戦闘機が導入される2020年代までの運用を意図しているとされます。専用のRF-4が導入されているというよりはF-4の一部に偵察ポッドを搭載し運用している部分を一部報道がRF-4と報じているのかもしれませんが、この点もう少し確認してみましょう。
Simg_9628 26日、この件でブリュッセルのNATO本部では大使級緊急理事会を開催しました。北大西洋条約第四条では緊急時には緊急理事会を招集し、NATOとして集団的自衛権発動についての討議を行うこととなっているため、この条文に沿ったものとなったのです。なお、NATOのラスムセン事務総長によれば、今回の問題では第五条の適用は議論していない、と明言しています。これは国際法上の自衛権発動要件も急迫不正の侵害が継続している状況により発動されるものであり、既に情勢が沈静化している場合、特に国境の不法占拠などが行われていない状況に際しては自衛権を定めた国連憲章や慣習法上の自衛権においてもこれを適用することは難しいもので、即座に軍事行動へ展開する可能性は低いと考えられます。ただし、撃墜された機体の上院捜索を行うトルコ軍の捜索救難機に対しても発砲が行われたとの報道はあり、情勢は緊迫度を増したまま現在なお進行中というもの。
Simg_2606 トルコはNATO加盟国ですがNATO加盟国の批准する北大西洋条約はその第五条に集団的自衛権を示しており、加盟国が受けた軍事的攻撃に対してNATO加盟国が一体となり対応することが提示されています。これはNATOすべての加盟国が一丸となって機甲師団と戦闘機軍団に大艦隊を以て押し寄せる、というような極端な話ではなくとも、NATOの補給整備基盤を用いることが出k、軍事行動を事項するうえで非常に重要な意味合いを持ちます。1982年のフォークランド紛争では、南大西洋上のイギリス領フォークランド諸島へ、予てより自国領と宣言していたアルゼンチン軍が侵攻、これに対しイギリスは当時のサッチャー首相が久保機動部隊と輸送船団を中心に艦隊編成を命令し、第二次中東戦争以来の大規模部隊派遣を実施、戦略爆撃機による鉱区攻撃や原子力潜水艦部隊のアルゼンチン本土海上封鎖などを経て航空優勢を奪取し、海兵隊及び陸軍部隊を上陸、奪還しました。この際にも北大西洋条約五条は適用されており、イギリス軍の爆発的に増大した戦闘機稼働数や補給車両、並びに物資等の支援を行ったのはNATOの共通部品プールを筆頭とした共通運用基盤でした。
Simg_2642 同時にトルコ軍は、実はかなりの戦力を保有している、ということを忘れてはなりません。そういいますのも、地図を見れば一目瞭然なのですが、トルコは冷戦時代にソ連と陸上国境を接していたのです。ソ連と直接国境を接したNATO加盟国、トルコだけで、通常は他にワルシャワ条約機構の衛星国化中立国を挟む、もしくは日ソ関係のように海洋国境、北方領土と我が国は野砲の射程内という近距離ではありましたは海洋を隔てて接していたのです。4000m級の峰々が続くカフカス山脈が国境ではありましたが、トルコを経てそのまま中東産油地域に接するこの地域は戦略上の重要性を持っています。そのトルコ空軍ですが、F-16戦闘機250機、F-4戦闘機180機、F-5軽戦闘機90機という陣容で、陸軍はM-60A3戦車4000両を中心に有力な機械化歩兵部隊を有しているほか、韓国のK-2戦車を原型とした新型戦車アルタイの開発を行っており思いのほか強力です。海軍はOHペリー級中古艦たる3600tのガジアンテプ級ミサイルフリゲイト8隻、3380tドイツ製MEKO多用途フリゲイトバルバロス級4隻など水上戦闘艦24隻、209型潜水艦12隻、現在においても規模はかなりのものといえるでしょう。
Simg_8777 何故トルコ空軍機はシリア周辺で航空機を飛行させたのか、という点ですが、トルコ空軍の発表によれば新型偵察装置の試験飛行を実施していた、とのことです。他方、その必然性について見てみましょう。2011年1月26日にシリアにおいて民主化運動が開始され、これに対しシリア軍が戦車か火砲を用いた徹底的な武力弾圧を続けています。国連は確認しただけで今年六月までに15000名が虐殺されたとされていますが、市街地への砲撃や、ホムス虐殺事案やハマ虐殺事案など反政府勢力が所在する市街地への水道電力供給停止と食料品など生活物資輸送経路の封鎖により、関連死者はこれをはるかに上回るものとされており現在国連は犠牲者の計測を停止しているほどの状況にあります。民間人へT-72が125mm砲を発砲する様子などが市民により撮影、動画サイトへ上げられていますが、この結果大量の難民が発生、かなりの数がトルコ側へ越境している実情があるのです。このほか、隣国ヨルダンへはシリア空軍機が亡命、将官級指揮官多数がシリア軍の人権弾圧に反発するか政府を見限り離反しトルコへ亡命、非常に高まっている国境地域の緊張にトルコ軍が情報収集を行っていた、ということがわかるでしょう。
Simg_8934 シリア政府は国連の仲介による停戦を無視、国連人権理事会による調停会合を途中退席しています。安保理での制裁決議は既に一定数の援助や利害関係を有するロシアと中国の反発により可決には至っていませんが、国際社会の関心は極めて大きいもの。さて昨年のリビア問題へNATOは軍事介入を行うことでカダフィ政権の瓦解へ向かう市民軍の支援を行っていますが、シリアに対してNATOはなぜ動かないのか、一部にはシリアには油田が無いためであるとの指摘を行う向きがありますが、これも一因ながらもっともお起きいのはシリアの隣国イスラエルとの問題で、過去の中東戦争においてはシリア軍とイスラエル軍が大規模な戦車戦や航空戦を展開しており、この地域において緊張を高めた場合、第五次中東戦争を誘発する危険性が高いため、非常に慎重にならざるを得ないのです。いくらなんでもシリアの人権問題を解決するようNATOが支援したところで第五次中東戦争の要因となる、という視点はやや行き過ぎではないか、という声もあるかもしれません。
Simg_8666 しかし、慎重を期さねばなりません。1991年の湾岸戦争はイラクがクウェートへ侵攻、併合したことにより勃発しましたが、各国が軍事介入に慎重な姿勢を示したのも、イラク軍が多国籍軍により攻撃されることに対し、多国籍軍を構成するアラブ諸国と共にアメリカやNATO諸国、特に後者と友好関係を構築しているイスラエル、イラクの隣国イスラエルに対し攻撃を加えることで、アラブ諸国と親イスラエル諸国という構図へ転換されないよう、慎重に事を進めた事例があります。実際にイラク軍はイスラエル国内へ弾道ミサイル攻撃を行い、イスラエル空軍の反撃を受ける事で第五次中東戦争を醸成する目論みでしたが、実際多数の弾道弾が落達しつつもイスラエル軍は米軍から供与されたペトリオットミサイルにより、一定の効果を挙げたと国内世論の鎮静化に努め、遂に航空攻撃や地上部隊進攻を行わなかったという事例があります。こうして第五次中東戦争は回避されたのでした。距離はあるとはいえ油断できないのは他にも事例があり、第四次中東戦争においてアラブ連盟が掲げた石油戦略にイスラエルと基本的に全く軍事関係をもたない我が国をも対象となり、石油危機に陥ったこと、これも挙げると分かりやすいのでしょうか。だからこそ、NATO介入の可能性は非常に難しい。
Simg_2549 とにかく、現時点では情勢は流動的という一点に尽きるのですが、第一にシリアの人道上の問題は非常に深刻な状況で推移しており沈静化の見通しは無く一日ごとに虐殺による死者は増大する状況、第二にシリアという国家の位置はイスラエルとの隣国であり過去に幾度も周辺地域では大きな武力紛争が生起している地域と共に宗教上の問題があるという点、そしてもう一つはシリアでの内戦というべき状況は軍事的緊張を増大させるという危機感を今回のトルコ空軍機撃墜事案が一歩進めた、という問題です。これは中東地域全体へも大きな影響を与える国際政治上の火薬庫というべき状況で続く小火で、予防外交という観点から、この進展は重大な関心と共に見守る必要があるでしょう。

北大路機関:はるな

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