◆軍産複合体が高い装備品購入を強制、日本の話?
問題点とはミクロとマクロがあり、最初にマクロ的な視野から考えてゆくこととします。防衛装備品の国産の問題点は、いくつかの要素から批判されていますが、分類をしてみましょう。
まず高い防衛装備品、時代遅れではないかという指摘、そしてこれは言い換えれば海外製の装備品の方が安いという批判に繋がり、同時に海外製の方が高性能、という批判へもつながるものでしょう。これらへの指摘は次回以降に置くとして、それでは、何故そういった装備品が調達されているのか、という命題に対し、軍産複合体、という仕組みがあるのだ、という論理からの批判がありました。つまり、これは産業と軍部と政治の癒着でわざと高い装備を交わされているのだ、という話でして、この話は学部に入りたての頃、民青の方が主張していました。もっとも、自衛隊を軍部と表現するのは大時代的だなあ、という事も置いておいて、違和感を感じたのは言うまでもありません。
軍産複合体、第一次背化大戦以前に成立した概念で“軍と政府と軍需産業の協力関係”を広義な意味とするのですが、広義な意味では、そもそも軍需産業が工場を造ったり軍の関係者と取引をしなければ竹槍以外は自力調達できないのだから協力関係があるのは当然だ、という指摘になりますし、軍隊と政府が協力とはいかなくとも独立していた場合は文民統制の観点から問題ではないのか、という指摘があるでしょう。つまり、軍産複合体がなく軍と政治と産業が完全に独立している世界というのは、軍が政治統制を離れて産業からも離れ独自の装備生産体系を構築し、政治の指図を受けないという形、戦時中の日本よりも極端な話しになってしまうのですから。
それならば軍産複合体とは本来どういう用途で用いられるのか、これは1961年1月17日にアイゼンハワー大統領が退任演説を行うに当たり、軍隊・政府・軍需産業の協力関係が肥大化しすぎ、国家の政策決定に際し、これら協力関係の総合利益が国家利益を超えて影響力を及ぼすため、民主国家としての在るべき政策決定プロセスが機能しなくなるのではないか、このような危惧に端を発しています。まあ、このあたり、戦争は兵器を生産する産業の支持を得るために政治が働いている、という一種の陰謀論的な印象もぬぐえないのではありますけれども、見てゆくと軍産複合体そのものをアイゼンハワー大統領は批判したのではありません。
つまり問題点は“軍産複合体”ではなく“軍産複合体の肥大化が及ぼす影響”であるわけです。肥大化するからこそ影響力が増す循環が成立し得るという事。いや軍隊の存在は絶対悪、兵器を捨ててみんなハッピー!、という論点を提示してくる方は絶対幸福平和主義者を含めいらっしゃることでしょうが、こういった方の議論を重ねますと、そもそも国家があるのが悪い、という無政府主義や、何故か毎度のアメリカ陰謀論、下手をすると宇宙人や神様まで挙げて反論が来ますので、不本意ながら軍隊や政府の存在を否定しての討議はこの場所ではできません。
支持と政策の関係性、私事されるからこその政策があり、という視点は実のところ当然です。この仕組みの解明を試みた政治システム論の観点に立てば、デイヴィットイーストンが指摘した、支持者(支持)→政治システム(支持と政策の相互利益をもたらすブラックボックス)→政策決定(支持者への利益還元)、この循環という政治システム論や、政治システムの内容をより細かに分析したガブリエルアーモンドの理論と、結果的に軍産複合体の仕組みは一致します。そういうのも、軍事機構は行政機構の一翼を担うもので国家と不可分の存在、支持者の一員に軍需産業を含めれば普通に説明できてしまうわけです。
問題点は肥大化による影響力行使、この一点に他ならないわけなのですが、肥大化するには、還元されるべき利益配分というものが必要な土壌となってくるのですが、国防費が一定以下の水準であればそもそもそこまでの支持を得られる循環基盤が構築されないのだ、という構図を理解する必要があるでしょう。肥大化しようにもGDP比率であまりにも小さければ影響力がありません。そのほかの分野が影響力を持つため軍産複合体の影響力を上回る勢力が出てしまうためです。それならば、GDP比率をみてゆきましょう。
軍産複合体の肥大化という理論は軍事費のGDP比率が低下している今日のアメリカでも少々説得力を欠いているという状況があります。GDP、今でいうGNIに占める軍事費、アメリカでは第二次大戦最後の年となった1945年でGDP比37%、朝鮮動乱最後の年となった1953年で14.2%となり、アイゼンハワー大統領時代の1960年で9.3%、ヴェトナム戦争本格介入期の1968年で9.5%だったのですが、デタント期の1978年では4.7%と下降し、レーガン政権下の軍拡の印象がある時期でもGDP比は5.8%、1994年の地域紛争増大期は4%、2000年の同時多発テロ前年は3%であり、2003年にイラク戦争が始まった年で3.7%、なかなか影響力を発揮できない数字となっているのは分かるでしょうか。実際問題、アメリカでは軍産複合体、というものはスローン以上のものではなく実体を伴っていない、という論議もあります。そして2012年は3%とのこと。
防衛費の装備調達費から生じる政権維持への影響力など推して知るべきでして、日本のGDPは2011年で507兆4780億円、2010年で511兆3010億円、ちなみに2012年は推計値で517兆8260億円ですが、我が国の防衛費は概ね4兆6000億円前後、1%未満となっています。そもそも、防衛費は装備調達費して多くはなく、人件費や需品費用などに大きく費やされているため、軍需産業として髣髴される装備品調達費用は大きく無いのです。自衛隊に納品する業者は全部軍需産業、という言い方がありますが、売店で売られるアイスクリームやジュースも全部含めて軍需産業、というのは些か無理があるでしょう。
防衛産業はそもそも利益があまりありません。2012年2月に三菱プレシジョン・三菱スペースソフトウェア・三菱電機特機システム・太洋無線が防衛省との取引において水増し請求の疑いをかけられ、入札停止となりました。水増?ケシカラン!、と思われる方がいるやもしれませんが、もともと防衛省と締結した開発費用以内に収まったので、余った分を自社利益となるよう操作したところ水足、ということになった訳です。不当に高額な装備を交わされている、という指摘はこの事実に真っ向から反する妄想に近いものでして、つまり、現状では利益が出る構造であってはならない、ということ。
実態を見れば、余りにも利潤が出ないことから防衛産業から撤退する企業も出ています。戦闘機生産基盤維持に関する懇談会などが開かれているのですが、戦闘機の部品生産から撤退する企業がすでに出ており、いくつかの装備品は今後ライセンス生産や国産開発を行う際に海外から取得するか、一から工場を建設し工員を熟練まで育てなければなりません。実態として、輸出を行わず国内需要だけで成立させなければならない防衛産業は規模がどうしても小さくなり、合併するべきという指摘も識者から為されるのですが、戦闘機生産は下請けで含め町工場のような企業など2000社から成り、全部統一するということは余りに非現実的と言わざるを得ません。
以上の通り、軍産複合体により政策が左右され、政治家と官僚と軍事産業が癒着して暴利をむさぼっているのだ、という構図は、防衛費の少なさからそもそも成り立たないことが理解できるでしょうか。この規模では、軍需産業が政府支持の姿勢を示したとしても、政権維持を左右するような勢力とは成り得ません。むしろ、我が国の公共事業費率はGDP比で概ね6%、防衛費の比率の七倍です。社会保障費も4%から5%へ伸びており、防衛費の五倍以上の影響力、そして防衛産業以上の産業従事者が支持を生むわけです。むしろ、軍産複合体を一種の政治システムとしてみた場合の応用としての公共事業や社会保障の政治システムとしての分析では、こちらの方が影響力は大きいのではないでしょうか。
日本には軍産複合体は存在する、これは常備軍を有し国家が機能している以上間違いはありません。軍事政策を政府が決定し必要な資材を私企業から購入する、民間資産収奪や軍事機構の暴走が無ければ成り立つ構造ですし、民主国家としては成り立たなければ軍隊が民間資産を収奪して軍隊を維持する構図や、政府と軍隊の協力関係が無く軍事機構が政策を決定し政府を蔑ろにする、という構図を以て軍産複合体が成立し得ない政治形態は、軍産複合体を観念的に批判する以上に問題でしょう。
しかし、軍産複合体が政治に悪影響を及ぼす程度に肥大化しているのか、と問われたならば、我が国の場合、まずアメリカのGDP比率の四分の一程度であり、そのアメリカでは軍産複合体の政治への影響というものは少なくなっている、という実情が指摘されているところ。防衛装備品の調達は防衛費のごく一部で人件費などに押されている状況、GDP比率では0.3%程度、この支出で相当大きな発言力を有するほど、日本は税収や国家の機能が少ないわけではありませんし、軍産複合体により日本が高い防衛装備品を購入することを強いられているのだ、という論点は少々説得力を欠きます。
日本の軍産複合体は政治へ大きな影響力をゆうするに至っていない。しかし、それならば、自衛隊が国産装備を取得し、運用する背景は何か、識者により繰り返し海外製装備が安いという指摘が為され、一部識者によっては高性能で日本のものよりも進んだものさえある、と言われる中で調達されない理由はどういったところにあるのか、これは次回以降見てゆくこととしましょう。
問題点とはミクロとマクロがあり、最初にマクロ的な視野から考えてゆくこととします。防衛装備品の国産の問題点は、いくつかの要素から批判されていますが、分類をしてみましょう。














北大路機関:はるな
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