◆シリア内戦でのサリン大量使用に対する行動
明後日は新月ですが、アメリカ政府はシリア内戦でのサリン使用疑惑への対応として地中海の第六艦隊へ艦艇の集中を進めています。
これは8月21日にシリア国内の反政府勢力拠点に対し、かなりの集中した神経剤搭載ロケット攻撃が行われ、多数の死傷者が出たことに対する介入準備で、内戦勃発から二年間を経てシリアへの軍事介入の準備が進められていることとなります。地中海へは先週までに第六艦隊のミサイル駆逐艦3隻へ更に2隻を増派し、シリア領内の化学兵器関連施設やその運搬手段をトマホーク巡航ミサイルの射程内へ収めています。また1日には国防総省発表で空母ニミッツへ地中海東部への移動命令が出されました。
シリア内戦は2011年のアラブの春と共に民主化運動へ戦車を投じて弾圧したことで内戦へ展開、その後、多くの難民が周辺国へ脱出すると共に政府軍部隊と武装勢力との間で激烈な戦闘が展開されました。この緊張の中で公海上での情報収集に当たっていたトルコ空軍のRF-4偵察機がシリア軍に撃墜され、トルコ領内の難民キャンプへシリア軍が砲撃を行い、トルコ軍が反撃、イスラエル領内へ攻撃が行われ反撃するなど、緊張の激化への兆しは常にあったところですが、周辺国のシリアへの本格的な人道介入は行われていません。
人道的介入が出来ないのは何故か、これは大っくふたつ理由があります。一つはシリア政府が対外直接投資や政府借款などを通じロシア政府との関係が大きく現行シリア政府の崩壊はロシアに大きな影響を与えるため国連安保理決議での国際平和維持部隊派遣への道筋が立てられない事。もう一つはシリアはゴラン高原を経てイスラエルと国境を接しているため安易に軍事行動を行った場合、シリアはイスラエルを攻撃し第五次中東戦争へ展開する可能性がある、ということ。
しかし、アメリカ政府としては譲歩に限度があります。それはシリア政府が大量保有しているという大量破壊兵器の一つ、神経剤の使用で、これが一旦使用されたならば恒常的に用いられる可能性へと繋がる分岐点であり、使用を強く自制するようシリア政府へ求めてきました。特に大量に使用された場合、シリア領内ゴラン高原付近等でも使用されたならば、イスラエル軍が予防措置として自衛権を行使する可能性があり、これが実施されたならば第五次中東戦争へ展開してしまう可能性も高い。
シリア内戦で神経剤が使用されたことは初めてではなく、初期には武装勢力が使用を疑われた事例もありましたが、今回は運搬手段と使用状況から政府側が組織的に使用したという点が濃厚とアメリカ政府が判断しており、介入の準備が進められています。介入は地上軍の大規模侵攻によるものではなく、主として艦艇からの巡航ミサイル攻撃と航空攻撃によるものと考えられており、このほかドック型揚陸艦サンアントニオが通常任務から編入、海兵隊員とともに地中海へ展開しており、限定的な化学兵器貯蔵施設の破壊行動も実施されるでしょう。
今回の行動は、シリアのアサド政権を直接打倒するものではないと考えられていますが、化学兵器の運搬手段として航空機が挙げられていることから航空基地に対しての攻撃が行われることを意味しており、これは政権側が航空優勢を喪失することを意味します、無論反政府側は航空部隊を有していませんので、決定的とはなりませんが打撃とはなるでしょう。また、周辺国、例えばトルコ領内へシリア軍が攻撃を加えた場合、北大西洋条約に基づく集団的自衛権が行使される可能性も少なくはありません。
ただ、課題はあります。一つはシリア軍が保有する大量の地対空誘導弾群で、世界最高水準の実戦能力と評されるイスラエル空軍の打撃力に繰り返し曝された中東戦争の教訓から航空攻撃へ対処する地対空ミサイルを常にロシア製の新型へ更新し続けてきています。このため、航空攻撃を行う際にも防空制圧を行う必要があり、結果、巡航ミサイルなど、シリアの防空圏内外から打撃する装備でなければ対応できないという事で、特にアメリカ以外のNATO諸国では対応に限界があります。
このほか、欧州NATO諸国は不確かな情報に基づき実施した2003年イラク戦争の教訓があり、イギリス議会は原潜からの巡航ミサイル攻撃とキプロス島からの航空攻撃を検討するも攻撃へ賛成272反対285で否決しており、カナダ軍とドイツ軍も参加せず、現在のところフランス軍がアメリカ軍との共同作戦の協議を行っているとされます。現時点で、恐らくシリア政府は保有しているとされてはいますが、国連調査団が回収した化学剤サンプルの分析が続いているようです。しかし、今のところ介入への参加へは二の足を踏んでいます。
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