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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

猛禽類と人間、動物園で考える!(思考・感情・行動 2/10)

2012-04-21 | 第十章「今ここでの恩寵」

 昨日は夕方に多摩動物公園に久しぶりに行った。閉園時間に近くなると、観客もほとんどいなくなる。そして、普段も余り知られていないのか人の少ない猛禽類(ワシ、タカ、フクロウなど)のあたりは、独り占めのようにゆっくりと観察できた。

 シロフクロウも夕方になったためか、あるいは抱卵期でメスを庇おうとしているのか何か攻撃的で、羽ばたいて飛ぶのを目撃できた(檻がなく襲われたらさぞかし怖いだろう)。鋭い眼で見られると緊張する。

 人と猛禽類の関係はどうだったのだろうか?

 今年の1月にNHKのヒューマンという番組で、現世人類がネアンデルタール人を最終的には駆逐していくのは、小動物を投擲具を使用して捕獲するのに成功したためだという仮説を紹介していた。弓矢は歴史が一万年前以上に遡るとのことである。それより原始的な投擲具はそれこそ数万年前から、ネアンデルタール人が生存するころにも存在していたのかもしれない。

 鷹狩りは、日本だけでなく世界的なもので、メソポタミア文明等の時代からあったそうである。素早く小動物を探して攻撃する猛禽類。何か弓矢のような機能に似ている。そして、小動物をとらえ食す。

 5-6万年前にアフリカを出立した現世人類。生き抜くために祖先たちは、投擲具を猛禽類からヒントを得たのか?考案し、厳しい食糧難の時代を生き抜く。投擲具は進化し兵器となり、人間どうしまで殺害するようにもなってしまった。

 昨日シロフクロウの雄に攻撃されそうになったのは、私が邪眼であったのだろうか。確かに、新平家物語の戦いのシーンの読みすぎだったかも。慈眼にならないとね!でも、為朝の鏑矢、どんなだったのだろう!

 思考・感情・行動 2/10

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