イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

「どうやって」志向から、「わたしは何?」志向へ!(私は何か? 1/10)

2011-12-21 | 第七章「光と復活体」

 U先生のつぶやきで知った、三田誠広氏の「炎の女帝 持統天皇」がアマゾンから送られてきた。さっそく新平家物語を横に置いて、読み始めた。

 古代史を舞台にした小説は、黒岩重吾氏や、永井路子氏の作品が一部カバーしているが、不思議なことに持統天皇を正面から扱っている小説は見かけなかった(漫画では里中満智子氏の大河漫画があるが)。そして、出会った「炎の女帝 持統天皇」に感激!でも、何故持統天皇は小説の題材になりにくかったのだろう?その歴史的偉業は強烈なのに・・・

 日本人の多くは、いかにして天下をとったかとか、どのように戦ってきたかという、「どうやって」というところに関心を持つのだろうか。自分のサラリーマン時代を振り返っても、基本は与えられたテーマをどうやって解決するかということが大きかった。日本が経済発展を遂げた戦後、何か上昇志向の時代背景が、「どうやって」志向を促したのではないだろうか。

 ところで、持統天皇はどうだろうか。謀略と外交的に極めて不安定な時代の中、生き抜くこと自体、「どうやって」志向の興味も尽きないが、持統天皇は初めから生粋の天皇家の主流派であり、生まれ落ちた時から(大化の改新の645年の生まれ)覇王であることが半分くらい約束されていた。

 そして、天皇家の歴史を考えてみても、歴史上1,2を争う強権で、ある意味で日本の原型を作り上げた方と言ってよい。そこには、、「どうやって」志向というより、自分は何か?国家とは何かといった基本的なアイデンティティの問題が中心なのだ(逆に言うと、この鉄のようなアイデンティティで生き抜いたともいえる。)

 したがって、「どうやって」志向ではなく、「私は何?」志向の人物かもしれない。

 三田誠広氏の小説といえば、芥川賞受賞作の「ぼくって何?」が印象的である。年齢的には私の兄貴といった世代で、当然ながら全共闘世代である。その時代に「ぼくって何?」を書いたのだ。そして、時がたち、その延長上に持統天皇の小説。今の日本の状態を考えると、それこそ、「どうやって」志向だけではだめで、強烈な私は何か?といった問いかけが必要な時代ともいえる。それが、東日本大震災や最近の外交問題で顕著になっているようにも思える。

 ちなみに、生き甲斐の心理学でも、私は何かという問いかけを大切にしている。こころの健康のためにも、答えはないかもしれないが、考えること自体は健康にも良いようだ。

 私は何か? 1/10

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多摩動物公園の楽しみ方!(明るい感情を大切に 9/9)

2011-12-20 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

 おとといに孫娘と約束し、昨日はオフであったこともあり、多摩動物公園に二人でデートした。2歳を過ぎたマゴはエリクソンの人格形成論でいうと、意志力、自律性、恥辱・疑惑の年齢で、まあ一つの反抗期でもあるので、極力彼女の意志を尊重し見学した。

 もうすでに、孫は十回近く動物園の経験があり、事前に訊いたら、キリン、チンパンジー、ライオン、チータ、とチータのそばの階段に行きたいようだった。すべてアフリカ園なので楽でもある・・・

 多摩動物公園は、私の興味の中心の一つでもあり(生物学、心理学、写真・・・)、昨年から年間パスポートまで購入して通っている。つまりヘビーユーザ!(その世界では駆け出しですが・・・)。

 まず、入園までのポイントであるが、近隣の駐車場は沢山あるが、駐車料金は時価であるのでご注意。一日駐車が500円くらいから2000円くらいと幅があるよう。入園料が無料の日もあるが駐車料金が意外な落とし穴・・・さらに、ベビーカーも有料なので、私のようなヘビーユーザは必ず持参する。

 さて公園に入ると、園内の地図が無料で頂けるが、キーパーズトーク・園内情報のパンフレットも忘れてはならない。内容に不明な点があれば、案内やボランティアの方に声をかけてしっかりお聴きする。広い公園なので、いつ何を見学するかは極めて大事なポイント(インターネット上にもキーパーズトークは掲載される)。

 動物園では、変に傲慢・頑固になるのでもなく、変に劣等感を抱くのでもなく、自然体でフレンドリーがよいようだ(生き甲斐の心理学でいうと、自己肯定・他者肯定のスタンスが大切)!

 キーパーズトークは園の職員の方が、餌を与える時間などに楽しい説明をしてくれる。ガイドツアーや餌の時間帯も大切。以前参加したガイドツアーでは、有意義なガイドをしていただいた上に、マレーバクのバッチまでいただいた(無料で)、一生の思い出に。

 12月19日の見学のときの写真はこちらを・・・

 以下孫娘と私の記録:私と孫娘は、昼ごろに入園し、それからまっすぐにアフリカ園へ(シャトルパスを利用して、オラウータン舎に行く方法もか<いちばん高い場所で、基本的に坂を下って見学できるので便利>)。

 赤ちゃんのキリンを眺めながら、チンパンジー舎に。そこで、キーパーズトークが行われていた。もう、孫とは5-6回は見ているが、特にチンパンジーがコインを貰って、自動販売機でジュースを買う催しが好きである。この日は、なんとメスで一番強い個体のピーチがコインでジュースを買いおいしそうに飲んでいた。いつもは若いチンパンジーが自動販売機にコインを入れると、強いチンパンジーが横取りをしたり、様々なハプニングが楽しめるが、こんな日もあったのだ。

 そのあとは、チータを見学し、孫はそばの階段で上り下りを繰り返し、それからライオンバスに乗った。孫は1歳のころ一度一緒に乗ったが、覚えてないらしく、再度付き合った。ライオンバスは、私も何回も乗ったが、この日は、寒かったこともあり、広場の一角の日だまりにすべてのライオンが集まり、ひなたぼっこをしていた。

 ライオンバスは、近くに生肉をかじるライオンを観たりするのが圧巻であるが、ひなたぼっこの場所はバスの通り道からちょっと離れていて、遠巻きにライオンを観るだけであった。ふと上を見上げると、ライオンを見下ろす位置に何人かの見学客が。ライオンバスのお得感が・・・であった。でも、良い写真が撮れて幸せ。

 ライオンバスの後は、チンパンジーのキーパーズトークと同じように毎日あるキリンのキーパーズトークを楽しんだ。青草をおいしそうに食べているキリンが印象的であった。オスのキリンを見分ける方法など新しい知識も。

 ということで、日も暮れて来たので帰宅。尚、昼食は食堂もあるが、お弁当も良い。私は、孫娘用の小さめのおにぎりと自分用の大きいおにぎりをつくり、しっかりチンパンジー舎の近くで食べた。動物園の中で時間を惜しんで見学するヘビーユーザ向きの食事である。

 みなさんも楽しんでくださいね!(でも、寒いので防寒も考慮してください。)

 明るい感情を大切に 9/9

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幸福への数値目標・・・ちょっとね?(明るい感情を大切に 8/9)

2011-12-19 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

 30年とか40年前くらいは、数値目標などは聴かなかったが、最近は数値目標という言葉がとてもポピュラーになってきたようだ。掲げた目標を達成するには、数値目標が大事。確かにそれはそうであるが、何か変。

 さて、年末年始の季節となり、今自分の人生計画なるものを見直している。人生の目標(やりたいこと)は、大変難しい問題ではあるが、幸福と関係していることは間違いない。

 その幸福を目指すための計画。それには数値目標も関係無くはない(サラリーマン時代に数値目標でかなり鍛えられたので条件反射で数値が悲しくもすぐでてきてしまう)。経済的に何とかやっていくためのお金も数値である。仕事が順調に流れるための活動も数値であらわせることが大半・・・という風に、計画を練っていくが・・・

 ただ思うのだが、数値目標を達成して、至福の喜びを得たということは経験したことがない(重荷から解放されたという安堵はあっても)。達成されれば、次の目標がでてくるのが目に見えている。

 素朴に思う。死の瞬間に、これだけの数値を達成したといって幸福になれるだろうか?

 そんな中で、幸福に対する「生き甲斐いの心理学」の知見には見るべきものがある。幸福の条件、数値目標とは別な視点として、感情の世界があるということである。幸福は幸福感とも関係しているという知見である。平安感、友好的感情、健康感、幸福感、統御感といった明るい感情の世界。これは暗い感情の階段、不安感、怒り、身体的症状、ウツ、錯乱に対応し、感情の光と影といったもののようだ。

 自分の考えに整合性があり、アイデンティティが統合され、日々活動をしていると、幸福感等の明るい感情がより感じられるという理論がある。

 感情は目標達成の結果ではなく、感情そのものを目標にする。たとえば、来年は統御感を味わうのが3回、幸福感は30回・・・

 サラリーマン生活が長かったのかなぁ、悲しい数値目標のサガ!

明るい感情を大切に 8/9

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なぜ急に寡黙になるの?(明るい感情を大切に 7/9)

2011-12-18 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

 40歳台で、恐らく人生最大の危機(今のところですが・・)に直面した時、不思議なほど寡黙になったことを覚えている。周りから見ると、何かどうどうとしているようだったかもしれないが、内実は正反対で、こころの奥は大混乱であった。

 プロセススケールという心の状態を観る7つの尺度があるが、その中に「自己の伝達」というのがあり、自分の内面をうまく言語化できない場合、低の状態となる。因みに、反対の高は豊かな自己意識が望むがままに伝達できる状態で、そうでない状態が低ということもできる。

 寡黙もそうだが、反対に言葉でバリアをはるということもある。こころの奥からの発言でないので、極端にステレオタイプな無難な発言であったり、そういう時の内なる混乱を反映して場違いだったりも。雄弁も沈黙もこういうときは金や銀ではない。

 こんな時(寡黙になったり、変に雄弁になったり)は、本当はやさしく、お説教をせず真剣(居眠りせず)に聴いてくれる人がいるとよい(生き甲斐の心理学の理論では)。

 ちょうどクリスマス前だが、受胎告知で天使ガブリエルがマリアの言葉を静かに待つように。 

 明るい感情を大切に 7/9

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惨めに負けても、奇異な幸福感!(明るい感情を大切に 6/9)

2011-12-17 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

 昨日は、風邪を治そうと一日寝ていたが、時折好きな本を読んだりした。その中で新平家物語(吉川栄治歴史時代文庫53 講談社 )の7巻を読んでいたが、ちょうど頼朝の旗揚げの場面であった。

 以仁王の令を受けて、頼朝は北条氏とともに旗揚げし、最初に平家側の大庭景親等と石橋山で戦う。佐奈田与一の奮闘などがあったが、源氏はあっさり惨敗する。このときの頼朝の描写が生き甲斐の心理学で考えると実に的を得ている。その部分を引用してみよう。

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「こういう目に遭ったのも、よいことだったと、後にはいえるかもしれぬ。落命してしまえば、おしまいだが、一命をとりとめた。みろ、わしはまだ生きている

一面、ふしぎな心理も、頼朝の五体を、熱くしていた。

歓喜に似ている、奇異な幸福感といったようなものだ。ひとり慰められてくる。

敗軍、破滅。当然あらゆるものは失った。けれどなお、この生命、三十四歳の若い五体。まだそれがあると気づいたとき、惨たる不運のすべてが、ほのぼのとした、よろこびに変わっていたのだ。妙なといえば妙な心理にちがいない。けれど、頼朝の現在には、たしかに、そんな歓喜もあった。

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 船出をしたのは良いが、あっさり完敗する。しかし、そのあと(まだ読んでいないが)奮闘して鎌倉幕府を興すわけであるが、その完敗の意味は何だったのだろうか?なぜ、完敗を生き抜くことができたか。この問いに吉川栄治は歓喜に似ている、奇異な幸福感と答えている。実に的を得ているように思う。

 生き甲斐の心理学では、理想と現実のギャップから這い上がるときに大切なことは、感謝や満足の領域を大切にすること(この場合は、惨敗でさまざまなものを失ったが、五体は無事。それに歓喜するところ)を言っている。生きていることが歓喜!そこから這い上がる。

 因みに、現代日本の基礎を作った古代日本も、百済支援で船団を作り、斉明天皇をはじめ、後の天智天皇、天武天皇、持統天皇…等で新羅・唐と戦う。そして、あっさり白村港の戦いで惨敗する。これも頼朝に似ている。明治維新の時も、同じようなパターンが見え隠れする。

 明るい感情を大切に 6/9

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