庭先にある、小さな木に赤い花が咲いた。朝食の時に妻にあれは何の花かなと聞いたら、出入りの庭師さんが植えてくれた桃だという。実がなるのかと尋ねたら、実はなるそうだが、食べられないという。
それで表題の昔の文句を思い出した。李はスモモのことらしいが、スモモの実がなっているところで冠を正そうとしたら、スモモを取ろうとしたなのかと疑われてもいけないので、そういうことをしないようにという中国の昔の教えらしい。
スモモといえば、ドイツ語でAprilose(n)という果物がある。これがスモモかと思って、いま辞書を引いてみたら、こちらはアンズとあった。もっとも私にはアンズもスモモも桃もなかなか区別がわからない。
今ちょっと気になったので、アンズを岩波の国語辞典を引いてみたら、花も葉も梅に似ているとあった。実は梅よりは大きく黄赤色で紫の斑点があるという。
昔の中国では王の名臣であった人がその功績にもかかわらず、その王から離れて自分の生き方を守ったという人が結構いるらしい。
これは忠臣でありながら、後で王からの不興をかって、身を滅ぼした人がかなりいたためにその轍を踏まないということで身を慎んだためらしい。
私もだからあまり陽の当たるところを好まない。これはそういう人生観を私もいくらか引き受けているからであろう。