田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

沖縄の離島を目ざして Ⅵ

2009-02-14 16:16:34 | 道外の旅

 沢木耕太郎の旅の原点が小田実著『何でも見てやろう』だったとは・・・。

 昨年暮、沢木耕太郎が一年ぶりに新著を著しました。
 その書名は『旅する力~深夜特急ノート~というもので、表紙の帯には次のような惹句が書かれていました。
 「『深夜特急』では書かれなかったエピソードや、旅に出るまでの経緯、沢木耕太郎ができるまでとも言うべきデビュー直後の秘話など、旅に関する総決算となる初の長編エッセイ」
        

 そのエッセイの冒頭で沢木は、次のように語っている。
(前略)「そして、私はしばらくしてそれよりもっと大事なことに気がつくことになる。『何でも見てやろう』には「一日一ドル」で旅行する方法は具体的に何も書かれていなかったけれど、小田実はぼくの気がつかないうちに「旅をしたい!」という情熱を溢れるほど注ぎ込んでくれていたんだ、と。」

 ウソのようなホントの話であるが、実は私にとっても『何でも見てやろう』はヨーロッパ・アジアの旅への憧れを掻き立ててくれた本だったのです。
 私が『何でも見てやろう』を手にしたのは高校生の時でした。本の帯に書かれていた「世界一日一ドル貧乏旅行」という惹句に惹かれて手にしたと記憶しているが、その本を読んだときから私の中に世界を旅してみたいという憧れが芽生えたのは確かでした。
 それから大学に入り3年を修了した時点で私は大学に1年間の休学願いを出しヨーロッパに旅立ったのです。

 私にとってヨーロッパ・アジアを旅したことはエポックメーキングなことであり、強烈な印象を残した一年でした。
 だからといって、沢木のような鮮烈な個性も、斬新な文体を産み出す能力もない私は何を産み出すこともなく北海道の片田舎の教師として生きてきたその後の40年でした。
 ただ唯一、二年前に旅先から母親に送り続けた手紙をもとに「母に贈る鎮魂歌 ~四十年前の旅を今語る~」という私家本を発行することができ、ある種ホッとしているところです。

 それにしても憧れ続けた沢木耕太郎と自分に重なるところがあることを知り、40年前をどこかで懐かしみながら今回の小さな旅に旅立とうと思っています。
 沢木の著書『視えない共和国』を脇に抱えて・・・。

 ※『何でも見てやろう』の本が私の手元にないのがとても残念です。


(余話)
 今日、私は「リュージュ教室」を体験する予定でした。
 リュージュってご存知ですよね。氷の壁をソリで滑り降りる競技です。
 ところがおりからの雨と暖気のために、今朝主催者から「危険が予想されるため中止にします」と連絡が入りました。
 何日も前からとても楽しみにしていただけに「残念!」です。