旭橋 ⇒ 永山橋 トレッキング月日 ‘18/01/03
およそ一年ぶりの石狩川河岸トレッキングである。懐かしい石狩川に還ってきた。この日は主として旭川市内を流れる石狩川の河岸のトレッキングである。しかし、まだ正月のさなか、しかも雪が積もった曇り空とあって河岸に人は見当たらなかった。
身体中が心地よい疲労感に包まれている。ぐっすりと眠ることができた。
午前中、二人の友人と近代美術館でのピアノコンサートを聴いた後、一緒に食事をとった。
二人の友人は私のブログをいつもチェックしてくれている方である。話題は当然のように私のスノーシュートレッキングのことになった。
二人は私の行動に「よく頑張ってるね」というような言葉を発しながらも、「なんてバカバカしいことをやっているんだい」という表情をしているのを私は見逃さなかった。
その思いは私もとても理解できるのだが、今の私には止める気持ちなど毛頭ない。表現は使いたくない)
列車ははたしてどこまで行くのか?それは私自身も分かっていない…。
※ 「旭橋」の上から見た石狩川です。久しぶりの再会でした。
さて、私はこの日午前7時発の高速バスで旭川に向かった。
旭川に着いたのは、9時20分頃だったか?バスターミナルで身支度を整え、すぐにスタート地点の「旭橋」に向かった。
「旭橋」まで凍った道路を約30分かけて、昨年のゴール地点の「旭橋」のたもとに着いた。懐かしい「石狩川」そして「旭橋」との対面である。石狩川は両岸に雪を纏いながら静かに流れていた。
※ 特徴のある優雅な雰囲気を醸し出す「旭橋」です。
清涼飲料を買ったり、スノーシューを付けたり、ライブレポを発信したりと、いろいろと手間どい結局スタートしたのは10時30分だった。
天気は曇り空だったが、風がないのは幸いだった。「旭橋」は旭川の中心部に近いのに、雪上には足跡やスキーの跡などは皆無だった。
新雪の中、スノーシューはけっこう埋まったが、スタートしたばかりで快調に歩を進めた。
※ 「旭橋」を背にスノーシュートレッキングを開始した私のスノーシュー跡です。
すると、川の向こう側に同じようにスノーシュー(いやスキーかな?)を楽しんでいる人が見えた。同種の人を見るのは、嬉しいような、恥ずかしいような…。
そうしているうちに、この日の第一目標ポイントの「金星橋」に到達した。時間は10時55分、わずか25分である。
この日だけではないが、私の石狩川河岸トレッキングは石狩川に架かる橋が重要な目標ポイントとなっている。この日は「旭橋」⇒「金星橋」⇒「花咲大橋」⇒「秋月橋」⇒「永山橋」と5つの橋が目標となっていた。
※ 川向に私と同じ人種が!!地元の人が健康づくりに励んでいたのかもしれません。
※ 「旭橋」の後、最初に遭遇した「金星橋」です。
その後、トレッキングは淡々と、という感じである。というのも、旭川市内の河岸は市民の憩いのために整備されていて、立ち木などもほとんどなく、ひたすら平原を行くといった感じなのだ。雪のない時期には市民が憩う東屋風の施設も雪をかぶっている。
脚に疲れを感じ始めた11時40分、二つ目の橋「花咲大橋」に到達した。小腹が空いたので小休止し、妻が握ってくれた愛情おにぎりとバナナをひとかけら熱い紅茶で流し込んだ。おにぎりは厚く覆いをしていたので、十分美味しく食べることができた。
※ 河川敷に建てられたあずまや風の施設もこんもりと雪をかぶって…。
※ 「花咲大橋」です。工事中のようでした。
それからも単調なトレッキングは続いた。そのせいだろうか?この間に撮った写真が見つからない。徐々に大腿部に痛みを感じ始めたのもこのころだったようだ。
「花咲大橋」からおよそ1時間後の12時50分、「秋月橋」に到達した。
※ この日、三つ目の橋「秋月橋」です。
「秋月橋」を通過した後、この日初めての樋門を目にした。「樋門」とは、川の水を取り入れたり、排水したりする施設である。トレッキングをする者にとっては要注意の施設なのだ。この樋門と川との間には必ず水路が走っているため、そこを迂回しなければならない。ただ、やはり市民のためだろうか?水路がトンネル状になっていたようで迂回せずに済んだ。
だいぶん郊外になってきたようだ。ところどころで河岸に雑木が目立ってきた。さらには河川敷を雪捨て場にしているところも目に入った。
※ 最初に出会った樋門です。名称をチェックするのを忘れました。
※ 河川敷はどこでも雪捨て場として活用されているようです。
※ 河岸にはところどころこうした灌木も目に付くようになりました。
「秋月橋」を通過してやはり1時間後の13時55分、四つ目の橋「北旭川橋」に到達した。マップで確認すると、これまでの橋より交通量の多い橋のようである。
※ 小さなアーチが特徴の「北旭川橋」です。
河岸の様子は相変わらず淡々と、といった感じである。
この日、二つ目の樋門があった。今度は迂回しなければならなかった。それでもまだ樋門まで至らぬうちに水路を通過できた。(辺地の樋門では施設の上側を回り込まねばならない)
深雪トレッキングは徐々に私の脚を痛めていたが、このあたりになるとそれは一歩一歩の踏み出しにも影響を及ぼし始めた。
そうした思いを抱えながらのトレッキングだったが、1時間後この日のゴール地点に設定したアーチ型をした「永山橋」が目に入った。
※ この日二つ目の樋門も名称のチェックを忘れました。
※ 大きなアーチを乗せた「永山橋」が目に入ってきました。
そこからもうひと踏ん張り、15時05分「永山橋」のたもとに着き、スノーシューを脱いだ。
「永山橋」の近くからバスをキャッチする予定だったが、地元の人に聞くとそのバス停より、国道に出たほうが確実とのアドバイスによりかなり歩かされて、ようやくバスの人となり旭川駅前の〇横インにチェックインしたのだった。
※ 横から見た「永山橋」です。
札幌河川管理事務所の方のアドバイスで「河川リアルタイム情報システム」によると、「旭橋」から「永山橋」までは6.7キロである。
6.7キロで大腿部にはかなりの痛みを感じてしまった。翌日からの予定距離は倍以上を計画していた。机上のプランは往々にして自らの体力を過剰評価してしまうようだ。私はすぐに計画を変更することにしたのはライブレポでも報告したとおりである。