モモちゃんへ
日々の出来事を亡きモモに教えます。
 



昭和35年1月24日
郷土の作家 火野葦平が服毒自殺した直後の写真だそうです。
書斎に飾ってありました。



火野葦平がいつも原稿を書いていた書斎です。うつ病だったそうです。
机は資料館に持っていってあるためレプリカです。
窓からは正面に皿倉山がみえました。最期の日きっと観たに違いありません。




3回忌の法要中に母親が亡くなり、13回忌に奥さんが亡くなったそうです。
だから命日が3人同じ日です。
葦平の死が自殺だった事は後でわかっていますが 公表されたのはこのお二人が
亡くなった後です。


家でライオンを飼っていました。ねこ科だからいいだろうって。
夜は檻に入れて 昼間は放し飼いだったそうです。



昭和25年の新年会の写真です。





作家の記念館に行く事はありますがここのように胸を打たれたことはありません。
郷土の作家でもあるし、麦と兵隊 花と龍 糞尿譚 なつかしい。。
ガイドの方にそう言いました。本当にここに確かに火野葦兵がいた。。。そんな
。。。耳を澄ますと音が聴こえます。。



とってもおきれいな上品なガイドさんでした。私はずっと気になってたまりません。
母親は3回忌の法要中 奥さんまで。。。
おそるおそるお聞きしました。。自殺ではなくどちらも偶然で、葦平さんが
呼んだのだろうって。。




若松にある 火野葦平旧居 河伯洞 です。



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