ル=グウィンの「西のはての年代記」の第2巻。主人公は「西のはて」の最南に位置する都市アンサルの少女メマー。17歳になるまで、不自由な暮らしを迫られていた。というより、自由な暮らしを知らなかったとも言える。彼女の母は、砂漠近くの神聖国家アスダー国の侵入を受けた際、アスダーの兵士によって強姦され身ごもった。メマーは支配者と被支配者の血を引くことになるが、彼女は母が属したガルヴァマンドの一員として日々を過ごしていた。彼女は幼いとき母から教えられて秘密の部屋に入る事ができた。母を失ってから、秘密の部屋に入りそこに置かれている書物を文字を読めないまま、本に名付けをし、本に書かれている内容を想像していた。ガルヴァマンドの長「道の長(みちのおさ)」からやがて文字を習い「読み取ること」の喜びを知る。「道の長」はアスダーの兵士に捕らえられ、身体が不自由になっていた。
メマーは、ある日、旅の詩人オレック(もちろん、「西のはての年代記」第1巻の主人公、「高地」をでて、20年近くも吟遊詩人として各地をめぐっていた)が朗唱をすることを知ってそれを聴きに「港市場」に出かける。街に出るときはいつも、男の子の服装をしていた。広場で、ハーフライオンに驚いた馬の暴走を抑える。それをきっかけにハーフライオンのシタールの飼い主のグライ(オレックの妻)と出会い、オレックとグライの馬を世話する場所として、自分の家のガルヴァマンドの厩に誘う。オレックとグライは、ハーフライオンのシタール、「高地」を出て以来ともに旅する2頭の馬とともに、ガルヴァマンドの館に住まうことになる。
支配者アスダーの現地支配者としてイオラスは、オレックの吟唱を好んでいた。いっぽう、アンサルにあった大学と図書館を破壊し、すべての書物を捨て去ることを命じていた。メマーが秘密の部屋にこもって本を読まなければならないのは、そのせいだった。アンサルの人々は、そうした圧政に対して反乱をこころみるが、失敗に終わる。しかし、その事件をきっかけに火傷を負ったイオラスにかわって、その息子イドールと従う神官たちによるクーデタがおこる。しかし、イオラスは現地妻のティリオ・アクタモの力と部下の軍人たちの支援を得て、権力を奪還する。
その事件の折、道の長とメマーは重要な役割を果たす。メマーの「ギフト」は、本からにじみ出るアンサルの精霊の言葉の「語り人」であり、道の長の「ギフト」は「読み人」であることがわかる。つまり、精霊に憑依されたメマーは精霊からのお告げを語り、道の長はそれを人々に伝えるのがその役割なのだ。
タイトルの「ヴォイス」は実は複数形でなければならなかったと言えるだろう。原題は、実際「Voices」なのだから。オレックの朗唱(もとは彼の母の書き残した物語や昔語りの本を記憶しそれを朗唱すること)であり、メマーの「語り」もまた、本をもとにした言葉である。そうした語りを聴く人々が、それぞれの思いでその言葉を理解する。そうした物語となっている。