すぷりんぐぶろぐ

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才能が愛情へ昇華する

2019年11月15日 | 読書
 「じゅんあい」と電子辞書に打ち込むと「純愛」しか載っていない。PCワープロでは候補として他に「順愛」と「殉愛」が出る。「順」は従う、一途なというイメージか。「殉愛」だと日本国語大辞典に見出しがあり「ひたむきな愛を貫くために、命を投げ出すこと」と意味が出ている。愛に殉じるという表現は美的だ。


2019読了102
 『殉愛』(百田尚樹  幻冬舎)



 この本が話題(週刊誌の暴露合戦?)となったのは五年前だった。その時の記事等まったく読んでいないが、ずいぶん騒がしかった印象がある。この本は最終的に「やしきたかじん」の闘病、逝去をめぐっての金銭的なトラブルに絡むが、そこまでの道程が作家の筆力によって巧く構成され、結構読み応えがあった。


 ジャンルとしてはノンフィクションと呼べるのだろうが、やはり小説なのだと思う。やしきたかじんという非常に個性的な人物を取り巻く、人間や社会の姿を表現していることは違いなく、主人公といえる妻やそれを支える人々、そして反目する人々の心理が余すことなく伝わってきた。作家の目と筆を通した物語だ。


 エピローグの冒頭「読者にはにわかに信じられないかもしれないが、この物語はすべて真実である」と書き出されている。その判断が必要なのかどうかわからない。いずれの立場に立っても利害はあり、当事者として関わっても関わらなくとも「真実」は一通りではない。人は、事実の中にある信じたいものを信じる。


 やしきたかじんという「才能」が「愛情」へ昇華されていく物語という見方もできよう。この「才能」はずいぶんやっかいな特質を持っているが、それゆえ惹きつけられる者も多かった。その中で最大限アピールした相手が、最終的に包んでくれる存在になった。妻の殉愛記であると同時にたかじんの殉愛記でもある。