すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

内輪体験という目標

2020年05月04日 | 読書
 『良い加減に生きる』(きたやまおさむ・前田重治 講談社現代新書)は、第一章が北山作詞の歌を取り上げ「歌の深層心理」について、二人が書き記している。出会いのエピソードやらコンサートの様子などもあり、読み易かった。しかし中身は結構深い。以前、北山著の新書を読んだ時にメモしたことと相通ずる面がある。詞の奥行きを感ずることになった。


 読みつつ注文した同名のCDアルバムを聴き続けている。たとえば『』という曲は、はしだのりひことシューベルツというグループの歌で有名で、我々世代であれば誰しも口ずさめる。

 人は誰も ただ一人 旅に出て
 人は誰も ふるさとを振り返る
 ちょっぴりさみしくて 振り返っても
 そこには ただ風が吹いているだけ


 この冒頭の詞も、ごく簡単な平凡に思えるけれど、どんなふうに想像するかは人様々だろう。北山は、そのことを本の中でこんなふうに、的確に表現している。

「日本語の多重決定(いろんな意味が多重に多元的にあること)というか、重層性(意味が浅い意味や深い意味という具合に層をなしていること)と言われるものです。人に愛される作品というものは、いろいろな意味にとれて、一つの意味だけではないのです」


 名曲やスタンダードと言われる歌がなぜ愛されるか。例えば映画のように具体的なシーンが浮かびやすいものももちろんあるが、それとは正反対に、使われている語が抽象的であるからこそ個々の思い出にフィットするという面は、間違いなくあるだろう。


 この新書は全体を通して難しくとらえにくい部分が多かった。ただ、妙にしっくり馴染む、あっそうかと気づかされる事柄があると思わず立ち止まってしまうような感覚になり、結構な時間をかけての読了となった。

 思わず考え込んでしまったことの一つは、何かをつくる(文章を書くことも含めて)時に、まず意識することは何かという点だ。人は身近にいる者に認められるからこそ歩み出せる。この当たり前の大切さが染み入ってくる。
 いや、表現活動だけではなく、日常のコミュニケーションにとって一番忘れてはいけないことだろう。

 「顔見知りを喜ばせる、内輪褒めや楽屋落ちという内輪体験とは、個人が『創造的に生きること』にとってはきわめて重要な目標だと思う。」

 こんな時期だからこそ、噛みしめたい。