すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

その欠片を手にとって眺める

2020年05月21日 | 読書
 Webちくまに「piece of resistance」として掲載された文章が単行本化された一冊だ。

 『できない相談』(森 絵都  ちくま書房)

 全38篇、一篇が4~6ページなので「掌編集」というべきか。
 テーマはpiece of resistanceとあるように、「日常の小さな抵抗の物語」と帯文通りだろう。



 この作家は間違いなく短編の名手だと思っている。
 それゆえ、最初この程度の量だと「あれっ」と思ってしまい、肩透かしをくらったような気分になった。
 もちろん、テーマの切り取り方や表現に文句はなく、ついそこからの展開を期待してしまうので、ある意味でやはり手練れなのだ。


 しかし、途中から「これは…」と頭の中で思いついたのは、この一冊は落語の小噺集として十分成立するのではないかということだ。
 現代社会の小さな綻びや個人にある偏執的な思いなとが、実によく切りとられている。

 そんなふうに考えたら、なんだか立川志の輔の声が頭の中でするような錯覚に陥った。
 師匠談志は「落語は、人間の業の肯定」と言ったが、ある意味通じる感覚がそれぞれの話にあるような気がした。

 例えば、ネタバレになるが「満場一致が多すぎる」という一篇を紹介すると、こんな流れだ。

 会社の役員会がいつも「上役」の顔色を見ながら満場一致で決まることに不満を持つ主人公の課長は、それは真の民主主義とは言えないと、ある日ついに決意し、会議上で震えながら「満場一致による議決には警戒すべき盲点がある」と問題を提起し、覚悟して賛否を問う。そしてその提起は、満場一致の挙手で決定される…という具合だ。


 どんな人にも一つ二つ、他人からみれば妙なこだわりがあるものだ。
 しかし突き詰めて考えると、案外それがその人を表す芯になっているのではないか。

 こだわりというより、piece of resistanceと言えば少し格好いい。

 自分のpiece of resistanceを手に取って眺めてみることも大切だ。