今年は竹がずいぶん雪折れしたので、それを挽回するためにタケノコはたくさん出るのではないかと予想した。
ところが「タケノコは出たか」と聞かれること数回、その度に出てこないと答えてきた。
お隣さんも出てこないと、これは近所の奥さんから間接的に聞いた。
竹は生り年とそうでない年があると慰めてくれる人までいるけれど、私は自分でアク抜きをして調理したりしないので困ってはいない。
確かに去年は生り年だった気がするが、これからにょきにょき出てきたら、遣い物として役立つので、せっせと掘り上げるつもり。
京都なんかのタケノコ農家が収穫するような、まだ先っぽも出てない状態を特殊鍬で掘り起こすようなことはしない。
タケノコのための竹藪整備もしていないから野暮ったいのだけれど、この辺りの人はそれが当たり前と思ってくれている。
気づいたら大きすぎるのがタケノコといヤツで、小さいと蹴飛ばしてしまったり、踏んで折ってしまったりもするがそれも仕方ない。
ところで、昨日は外出から帰ったら、玄関内に鯛が置いてあった。
鯛だけ置いてあったら前の釣り好きニイちゃんだけれど、トマトも一緒にあったからお隣さんに違いないと、電話する。
『釣りに行って来たんですてー』と言っていたが、もちろん軽い冗談で、『安かったから』とのこと。
塩を振って弱火で焼いてみたら、これは勿体無いことをしたかなという感じ。
昔の結婚式の持ち帰り折り詰めに入っている鯛の味を期待したが、そうはうまくはいかなくて、まぁまぁ程度の仕上がり。
骨の付いた残り半分は今晩、初めての煮付けにチャレンジだが、失敗は許されない。
レンチンの赤飯があるので組み合わせていただく予定だが、何かの前祝いとなって目出度いことが起きれば良し。