山の稜線が削られて階段状の墓地になっている所があり、その横を通る道は気に入りの散歩コースのひとつだ。
墓地から道への法面に、丸く刈り込まれた躑躅(つつじ)があって春は見事なのだが、そこに植わっている木の根が気になった。
斜面だから自然と根が剥き出しになるのか、それとも表土が流れてのことか。
表土流出防止に土を被せて芝生を植えたら良かろうにと、お節介を思いつつ、根の張りに感心する。
自分はどこに根ざしているのだろうか、などと思ったりもする。
もう30年も住んでいる場所なのに、新興住宅地町内会のよそよそしい気楽さを享受しているという按配。
かと言って、雪が解けたら行く予定の生地でも、半分お客さんのような扱いをうけているような気がする。
しっかり根ざすほどの度胸、度量、覚悟、諦念といったものが、自分の中に根ざさない。
墓地に上がると西から南に開けた景色は、大阪のビル群も見えて、画像の一番高い山は奈良と大阪の境にある生駒山。
全部の墓石が、この景色を観る方向を向いているわけではないけれど、墓地としては申し分のない場所だ。