和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

五十男の守備範囲。

2012-04-23 | 短文紹介
大越健介著「ニュースキャスター」(文春新書)を読んでいます。
この新書は、前半と後半とにわけられそうです。
午後9時からの「NHK夜9時の顔」を語る前半。
週一回の番組公式ホームページへ掲載されたコラムが後半。

はからずも、書くことと、ニュース番組で司会をすることとの差異を一冊で味わえるのでした。とりあえずは、書くことに言及している箇所を引用してみましょう。

後半のコラムのはじめに
「書くことが好きだということもあるが、それ以上に、伝えるニュースの重みや、取材で出会う人々の言葉の力を前にして、私は書かずにいられなくなる。」(p122)

まあ、こういう方がNHKニュースウオッチ9のキャスターをはじめた戸惑いを、臨場感を交えながら書かれている前半。

それについては、こんな箇所があります。
「私は普段、番組でスタジオの真ん中に座り、ニュースを読んだりしているので、アナウンサーと思われがちだが、そうではない。1985年にNHKに入局して以来、一貫して記者である。記者というのは、取材して原稿を書く人のことであり・・・」(p42)

そんな人が、キャスターをすることになった経緯を前半では知ることになります。
そこで、経験談やら失敗談やらが挿入されていくと、ついつい、
おかげで、これは夜9時のNHKを見なくっちゃ。という気分になります。
さてっと、書くことと話すことの違いをそれとなくわからせてくれる、こんな箇所も引用しておきます。

「キャスターのスタジオワークでもうひとつ大事なのが、『ゲスト』との対話である。最も多いゲストは、実は身内であるNHKの記者である。自分も政治記者時代などにずいぶん経験があるが、『取材は得意だし、原稿を書くのも上手だが、しゃべりは必ずしも得意ではない』という記者も多い。・・・スタジオでの解説がどうしても『話し言葉』になっていない記者は多い。スタジオは語りの場であるから、できるだけ自然な話しことばで進行されるべきなのだが、原稿を書く人という習性が邪魔をして、記者たちのトークの中には、書きことばの尾をひきずったような、特殊なことばがかなりある。たとえば、『このため』という接続語がそうである。・・・」(p52~53)
うん。もうちょっと引用をつづけたいけれど、長くなるのでこの辺できりあげてつぎにいきます。それからまた、全体から醸し出されるのは、「あとがき」にある、こんな箇所。

「震災から一年という節目を前にした三月はじめ、大坂・吹田市に作家の高村薫さんを訪ねた。・・・時事問題を平たい目線で扱うコラムを、私は愛読している。・・高村さんは・・『私たちに必要なのは、東日本大震災についてきちんと言葉にしていくことだと思います。言葉にするというのは、なにも記録するとかそういうことではなくて、起きたことを、目をそらさずに見ること。・・・』と・・・まさしく、今の私に求められていることだ。・・・目を覚まし、次に世代に残すべき社会を作り出すのはこれからだ。そのために言葉を語るのは、まさに私の仕事である。」(p234~235)

最後に、前半と後半とに出てきている場面を引用して終わりましょう。
前半ではp19。

「後に、いわゆる民間事故調(福島原発事故独立検証委員会・北澤宏一委員長)は、官邸中枢の政治家やスタッフへの詳細な聞き込みをもとに、事故の検証結果をまとめた報告書を発表している。報告書では、事故発生からの数日間は、東京電力も官僚機構も混乱の中で十分な情報を持ち得ず、原子力には素人の限られた政治家たち(当時の菅直人総理大臣を含む)が、場当たり的に事故対応にあたらなければならなかった事実を公表した。この例をはじめとして、本来信頼されるべき政府発表が、実は根拠が極めて薄弱なものだったことが次々に明らかになるたびに、その時の報道を担ったひとりとして、何とも言いがたい気持ちになる。・・・」(p19)

後半ではp226~227.

「情報過疎の中を、当時の菅総理をはじめ、原子力には素人の少数の政治家たちが、まさに綱渡りで危機対応に当たった。・・『まったく手ぶらで、何も(情報を)持たないで記者会見に臨んだ』という、その官房長官の発言に、われわれ報道機関も頼らざるを得なかった。ただちに健康に被害が出る状況ではないといいながら、後追いを繰り返した避難指示。放射性物質の広がりをある程度は予測できながら、公表が遅れた文部科学省のシステム・SPEEDI。あの時植えつけられた情報への不信は今も尾を引き・・・報道機関もその責任とは決して無縁ではない。」

ちなみに、大越健介氏は1961年新潟県寺泊町生まれ。
カミさんが出てきたり、「なあ大越君よ・・」と野球部の監督に語りかけられたり、その交際の守備範囲も楽しめる一冊となっておりました。
コメント
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