和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

ともし火。燈燭光。

2022-05-24 | 本棚並べ
3冊ならべ。

① 大岡信編「五音と七音の詩学」(福武書店)
② 「新唐詩選続篇」(岩波新書)
③ 曽野綾子著「揺れる大地に立って」(扶桑社)

① 大岡信さんは、お父さんの代から窪田空穂氏とつながりがあります。
  岩波文庫の「窪田空穂随筆集」「窪田空穂歌集」「わが文学体験」の
  この、3冊の、編と解説とが大岡信となっておりました。

  「五音と七音の詩学」は、詩にまつわる随筆のアンソロジーなのですが、
  そこに、窪田空穂も入っております。さて、何を大岡氏は選んだのかと、
  そんな、興味でページをひらくと「ともし火」窪田空穂という4頁の文。

  うん。明治10年に信濃の農村で生まれた窪田氏と、ともし火の記憶の
  推移が簡潔にですが、綴られておりました。


② 桑原武夫氏の文で、杜甫の『贈衛八處士』の漢詩が語られています。

 「 これは『唐詩選』にもおさめられておらず、
   有名な作品とは云えないかも知れぬが、私には好きな詩だ。」(p192)

  とあります。詩のなかに『燈燭光』という言葉があり、
  それを桑原氏がとりあげている箇所があります。

「『燈燭光』は分けて読むことが語法上ゆるされうかどうかわからないが、
  かりに分けて読めば、
 『燈光』は燈心を油に浸して点ずる灯、
 『燭光』は蝋燭。

 私たちは夜になれば電燈がつくのが当然と思っているが、
 それは最近のことで、私の子供のときはランプだった。 」(p198)

 ちなみに、桑原武夫は明治37年生れ(1904~1988)でした。
 つづけます。

「 あさ母親がランプのホヤをみがいていた姿は今も私の目にうかぶ。
  8世紀にはランプなどという便利なものはない。
  日本で蝋燭が一般に用いられるようになったのは戦国時代だが、
  唐に蝋燭があったとしても、それはゼイタク品であったに違いない。

  いつもは八畳の間に行燈(あんどん)を一つ、
  だが今日はそれを二つにしよう、
  いや一本だけ残っていた蝋燭をつけよう、
  そういう気持、それが友情のささやかなリュックスなのである。

  またもともと友情の償いとは
  そのようなものでしかありえないのかもそれぬ。
  その光を前にして旧友が対坐しているのである。

  そのかすかに温い光に照らされている二人が、
  お互の顔を見ると、『少壮よく幾時』、
  友情は変らぬが肉体は時間の影響を免れえず、
  ともに髪の毛はごま塩ではないか。

  燈光に照らされるとき白髪がキラッと光り、
  かえって昼間より強く印象づけられることがある。・・ 」
                      (p198~199)

 ちなみに、桑原武夫は杜甫の略歴にもふれておりました。

 「・・それによると一時賊軍に捕われた詩人はようやく脱出して
  ・・拾遺という役に任ぜられ、やがて宮廷とともに西安の都にもどった。

  彼は直諫して罪をえかけたことがあるが、そのためか翌年には
  華州(西安の東60マイル)の司空参軍という役に左遷された。

  彼は759年はじめに用務をおびて洛陽に派遣されている。
  この詩は、恐らくその年の春の作で、
  場所は洛陽からさして遠い所ではあるまいといわれる。

  官軍はこのときやや優勢とはいえ、戦争の悲惨はそれによって
  減ずるものではなく・・悲惨は、なお4年もつづくのである。

  そして詩人は、この夏には官を辞して、
  奏州さらに四川省へと放浪の旅をつづける。

  杜甫が饑餓のために子を死なせたことは周知のことであり、
  この詩も人事すべて明日は計りがたいという
  乱世を背景において読まなければならない。  」(p192~193)



③ これは副題に「東日本大震災の個人的記録」とあります。
 うん。こちらは二か所引用することに

「 電気が消えた状態の中で最も求められるのは、平常心である。
 明日は必ずくるのだ。それはほとんど個人の才能と気力に応じて出てくる。

 電気がなくなると、私たちは俗に言うスケジュールというものが
 ほとんど立たなくなる。未来について責任者に質問することも無意味に
 なるだろう。事態は刻々と変化するだけで、

 それを予測する根拠はほとんどなくなるからだ。だから
 『明日どうなりますか?』とか
 『このことはいつ解決しますか』などという質問もまた
 まったく本質をはずれていることを、
 冷静に自覚していたマスコミ人は、
 あまり多くいなかったように見えたのである。   」(p165)

「 インドのシリコンバレーと言われるバンガロールの下町は
  毎日のように停電していた。・・・・

  アフリカでは毎日のように停電するから、
  人々は食事の最中に電灯が消えることも、
  冷たいビールが品切れになっていることも、さして驚かない。

  しかしそうした瑣末なことではなく、
  停電がもたらす最大の社会的変化は、
  民主主義もまた一時的に停止するということである。
  もはや正当な命令系統が迅速に正確に伝わるということが
  不可能になるのだから、指揮系統も迂回路を取るか、
  全く命令が伝わらない事態を予測しなければならない。

  しかも事態は混乱の中にある。そうなった場合、
  その場にいる者が、たとえ彼が本来ならその任になくても、
  個人の判断で臨機応変にできることをする他はないのである。」
                ( p167~168 )


たまたま、私はこの3冊を思い浮べました。
あなたにどんな3冊が思い浮かぶのだろう。
  

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ダイジェスト版とアンソロジー。 | トップ | 句の匂い・響き・映り。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

本棚並べ」カテゴリの最新記事