和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

大阪の母。

2024-12-18 | 他生の縁
庄野潤三著「夕べの雲」(講談社文芸文庫)も、
「山芋」の章を読んでから、残り少ない章を読みました。

「山芋」の次は「雷」でした。その「雷」のなかに、
浜木綿を大阪の生家の庭から掘って、東京まで持って帰ったことが
書かれております。

「 大浦が生家の庭で兄に手伝って貰って、
  この浜木綿を株分けしたのは、小学三年生の晴子を連れて、
  母の病気見舞いに大阪へ帰った時であった。その年の二月に
  正太郎が生れたので、細君と安雄と赤ん坊は留守番をした。

  二人が帰ったのは、丁度お彼岸のいい天気の日であった。
  母は思ったよりも元気で、大浦が赤ん坊の写真を見せると、
  うれしそうに手に取って眺めていた。一年前に大浦の母は
  脳血栓で倒れた。それ以来、失語症になって、
  病気がよくなってからも、
  みんなと話をすることが出来なかった。

  それで、こちらの方からいろんなことを話しかけるのだが、
  あとは母の表情を見て、自分の話が通じていると思うよりほかない。
  物足りないといえば、物足りない。しかし、
  生命を取り戻したのに、贅沢はいえなかった。・・・・ 」(p230∼231)

「 彼は母にいつ東京へ帰るということはいっていなかった。
  母が苦しんでいる時でなくて、楽になって眠っている時に
  そばを離れることが出来たことを彼は仕合せに思った。
  それから半月ほどで大浦の母は亡くなった  」(p236)


『 夕べの雲 』をさっとですが、読み終えたので、
次は庄野潤三のどの本を読みましょう。と思っていたら、
昨日注文してあった古本が届く。
庄野潤三著『 ワシントンのうた 』(文芸春秋)でした。
ぱらりとひらくと、『 ザボンの花 』のことが語られております。

「・・私にとってははじめて書く新聞小説である。
 どんな風に書けばいいか分からなくて、まるっきり自己流で書き始めた。

 新聞小説は、明日の続きがどうなるかと読者に期待をもたせる
 というのだが、私はそんなこと、全く考えないで、
 自分の好きなように書いた。

 大阪から東京へ引越して来て、
 麦畑のそばの家に住むことになる矢牧一家が、いったい
 どんなふうに新しい土地での生活に馴れてゆくか、
 どんな出来ごとが待ちかまえているかを書くことにしたのである。

 矢牧一家の新しい土地での生活を、
 正三となつめと四郎の三人の子供たちの上に起る
 出来ごとを中心に書いてゆくことにしたのある。
 
 私は、大阪の生家に大きな病気から立ち直った母がいて、
 日本経済新聞をとって、毎晩、私の連載を読んでくれ、
 よみ終ると切抜を作ってくれていることを聞いていた。

 そこで、病気の母に向って、
 『 私たち、元気にしております。こんなことをして暮しております 』
 と知らせるつもりで『 ザボンの花 』を書き続けた。
 母に読んでもらうために書いた小説である。・・ 」(p142∼143)


庄野潤三の年譜をひらくと、
昭和30年(1955)34歳に『ザボンの花』を日本経済新聞夕刊に
連載(152回完結)とあります。
昭和39年(1964)43歳に『夕べの雲』を日本経済新聞夕刊に連載
(127回完結)と出てきます。

講談社文芸文庫の終わりの方に、庄野潤三による
「 著者から読者へ『夕べの雲』の思い出 」が載っております。

『夕べの雲』を書くきっかけが語られておりました。

「或る日、私は渋谷から乗った地下鉄のなかで日経新聞の文化部長を
 している尾崎さんと顔を合せた。すると、庄野さん、新聞小説を
 お書きになるお気持はありませんかと訊かれた。

 ・・・・あるいは、挨拶代りにちょっと話してみただけで
 あったのかも知れない。
 ただ、日本経済新聞とは私は縁があった。
 昭和30年に、『 プールサイド小景 』で芥川賞を受賞したあと、
 日本経済新聞から依頼があって、夕刊に『 ザボンの花 』という
 小説を書いた。新聞小説として成功したかどうかということは別として、
 作者としては気持よく仕事が出来た。いい思い出が残っている。

 ほかの新聞からいわれたのなら・・・
 多分、引込み思案の気分の方が強く働いただろう。・・・ 」

はい。このような思い出が書かれておりました。ということで、
『夕べの雲』の次に私が読むのは『 ザボンの花 』にします。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 父母に宛てた手紙。 | トップ |   
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

他生の縁」カテゴリの最新記事