和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

おみやげは、玉手箱。

2023-03-30 | 本棚並べ
河合隼雄著「泣き虫ハァちゃん」(新潮社・2007年)。

この本ところどころに付箋が貼ってあって、
たしかに読んだのだろうけれど、忘れてる。

きっとスラスラ読んで、スラスラと忘れてしまったのに違いない。
とりあえず、題名だけ思い出したので、本をひらいてみることに。

本の最後に2ページの文がある。平成19年10月河合嘉代子とありました。
そのはじまりを引用。

「この『泣き虫ハァちゃん』は、夫が遺した最後の本になりました。
 世界文化社発刊の『家庭画報』に連載中、平成18年8月に脳梗塞で倒れ、
 そのあと書きためてあった文が掲載されましたが、

 まだ本人が執筆予定であったこの続きを書くことはできず、
 倒れてから11ヶ月後にとうとう、意識がもどることなく逝ってしまいました。
 本当に突然のことでした。

 夫はこれまで思い出というものを書かない人でしたのに、
 なぜこの本を書いたのでしょう。なにか、
 はかり知れない運命を感じていたのでしょうか。
 この『泣き虫ハァちゃん』が、夫の置き土産だったのかと思っています。」


あれ、こんな箇所があったのか、それを読んだのか、
すっかり忘れてしまっています。付箋もところどころ
貼ってあるくせに、どうして貼ったのかも分からなくなっている。
それはそうと、一箇所引用してみます。
本の「しおり」ヒモがはさまっていました。
うん。せっかく本をひらいたので、この箇所を引用することに(笑)。

「 ハァちゃんは部屋中を見回し、『やっぱりハイカラやなぁ』と
感心していると、『城山君、グリムの昔話知っていますか』と

クライバーさんが話しかけてきた。ハァちゃんは日本児童文庫の
『グリム童話集』を愛読しているので嬉しくてたまらない。

『僕、グリム童話集、ものすごう好きです』と答えると、
クライバーさんも嬉しそうに、『どんな話、好きですか』と訊いてきた。

あんまり普通の話ではないのにしようと、ハァちゃんはとっさに判断し、
『 つぐみ髯の王様! 』と誇らしい声を出して答えた。

クライバーさんは日本語がわからぬらしい。日本語の得意な奥さんと
何かドイツ語でやりとりしているうちに、
『あ! ケーニヒ・ドロッセルバルト』と大声を出した。
『あれは、私も子どものとき大好きでした』。

ハァちゃんは嬉しくなってきた。
『あのお姫さん、威張りで嫌いやったけど、だんだん可哀相になってきました』
『あ、私も子どものとき同じことを感じました』
ハァちゃんはクライバーさんと友達みたいに感じ出した。
少し目が潤んできたが、ごまかし気味に、

『クライバーさん、日本の昔話知っとってですか』と大きい声を出すと、
『ああ。大分読みました。かちかち山、浦島太郎』

これを聞くと、ハァちゃんはいいことを思いついた。

『あの、クライバーさん、ちょっと訊いていいですか。
 乙姫さんは何で浦島太郎に玉手箱みたいなもん、
 みやげにあげたんですか。あけたらいかん言うし、
 あけたら老人になるだけなんてもん、何でみやげにやるんですか』

ハァちゃんは真剣だった。・・・ずうっと気になっていた。
そして、クライバーさんなら答えてくれそうに思ったのだ。

『面白い!』とクライバーさんは言った。そしてまた奥さんと
ドイツ語で話し合った後で言った。『 面白い質問です 』

少し考えた後で、クライバーさんは実に真剣な顔をしてハァちゃんに言った。

『私は、玉手箱のなかには浦島太郎の年齢(とし)が入っていたと思います。
 あけなかったら、トシがそちらに溜って浦島はずうっと若いままだし、
 玉手箱をあけるとトシが出てきて、浦島は老人になります』

ハァちゃんは、『 あっ 』と思った。嬉しかった。
『クライバーさん、クライバーさんは賢い人です』

クライバーさんはハァちゃんの手をしっかり握ってくれた。
ハァちゃんは嬉し涙をぐっとこらえて握り返した。温かい手だと思った。」

      ( p104~106 単行本 )

  


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 本をバラバラにする、チャン... | トップ | 『 言葉はてめえの食い物だ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

本棚並べ」カテゴリの最新記事