キリストの教えを書いたのもが福音書です。それは仏教のエッセンスを書いた般若心経のようなものです。福音書は明快です。神が人間を愛するのでイエスを地上に送りました。イエスは地上で人々へ、「神を信じるとパライソ(天国)へ行ける」と教えます。そして人々の罪を全て背負って十字架にかけられ処刑されるのです。3日後に生き返って、愛する弟子たちにもう一度会いに来るのです。そして互いに愛しなさい、敵をも愛しなさい、と言って天に登り、神の右の座に着くのです。世界の最終日の最後の審判の時に信者に永遠の命を与えるのです。信者は自分の肉体が永遠に復活することを信じています。
この教えは1549年にフランシスコ・ザビエルによって日本へ伝えられました。下の絵はザビエルの死後、日本で描かれ、大阪府の茨木市で、「隠れキリシタン」の家系の家で1919年に発見されました。ザビエルの来日以後、実に370年目に大阪府で現れた肖像画です。現在は神戸市立博物館にあります。
この一枚の絵はキリスト教が日本へ完全に根付いていた証拠としてここで紹介いたします。
ご承知の通り豊臣秀康が始めたキリシタンの禁教政策は徳川家康に引き継がれ、三代将軍の家光の時に徹底的に実行されるのです。キリシタンとして捕縛された信者が日本全国で多数処刑されたのです。
秀吉以来の処刑者は一説によると30万人に及ぶとも言われています。
信者を処刑しただけでなくあらゆる教会や集会所を破壊し尽くしたのです。
残ったのは隠れキリシタンの家の納戸(押し入れや戸棚)の奥に隠くした福音書の断片や祈祷書だけになったのです。信者だけが隠れて集まり、聖母像(マリア観音)の絵や彫像を持ちだし、農家の奥の部屋で一緒にミサを立てたのです。
この事実はキリスト教が背負って来たヨーロッパ文化が消し去られた状態を意味します。美しい異国的な教会も、聖歌も、伴奏の楽器も、絢爛豪華な法衣も全て無くなったのです。福音書や祈祷書だけが残ったのです。もしキリスト教が日本人の心の中に根付いていなければ、これで終りになる筈でした。しかしキリストの教えが根付いていたのです。260年も代々と人々の心の中に信じられてきたのです。そしてもう一つの伝承と共に。「神父様が必ず帰って来て教会を建ててくれる」という伝承です。明治維新でフランスから長崎へ来たプチジャン神父の所へ隠れキリシタンがやってきます。「神父様が帰ってきて教会堂を建ててくれると260年間信じてきました」と言いだすのです。
貴方は日本人は凄い民族だとお思いになりませんか?キリスト教の背負ってきた華やかな西洋文化が完全に無くなっても、弾圧に耐え、教義だけを260年も代々信じて来たのです。踏み絵を踏んで表向きは仏教徒になりすまして居ました。その一方で、隠れて集まりミサを立て、祈り続けて来たのです。
この隠れキリシタンの歴史は私たちへ一つの強いメッセージを送り続けています。「どんな宗教でもその伝来の時背負って来た文化や習俗が無くなっても、人々の心に永遠に根付くものです」というメッセージです。勿論もっと正確に言えば、その宗教が真理を教えて居るのならという条件が付きます。
「私はキリスト教は日本に根付かないと思う」という言葉はキリスト教が背負って来る文化や習俗は日本人が好きではないと言う意味なのです。そういう意味で言っているなら、議論する必要がないのです。人の好き嫌いは勝手で良いのです。
私はカトリックの信者です。本当はキリスト教のことはあまり深く理解していません。信仰も弱いと思っています。しかし何故カトリックか?と問われれば「隠れキリシタン」を尊敬しているからです。それだけの話ですが、皆様はどのようにお考えでしょうか?
今日は、この記事をお読み頂けた方々へ深く感謝いたします。そしてお読み頂いた方々の上に神様の慈しみが豊かにありますように心からお祈り申し上げます。
藤山杜人
下の写真は長崎にある26聖人の像です。出典は、http://www.asahi-net.or.jp/~yj9m-nkmr/seijin.htm です。二十六人のうち、日本人は二十名、スペイン人が四名、メキシコ人、ポルトガル人がそれぞれ一名であり、すべて男性でした。舟越保武氏の作です。