タイのバンコックで独り暮らしをしている、ひかるのさんの最近のブログに掲載してあった高木護さんの詩です。高齢者の私の心に響く詩なので、皆様へもご紹介したいとおもいます。(出典:http://asiancloth.blog69.fc2.com/)
「夕御飯です」
高木護
灯がゆれると
私の胸に想いがいる
想いを 箸でつつくと
おまえらの瞳の中に
遠い湖があり
青い魚が跳ねている
呼ぼうよ 遠い日を
ここには父が座っていたね
そこには母が座っていたね
今その暗い影に
私が座り
お前らが座っているね
時の流れ
それは 哀しみのぎっしり
敷き詰められた小径だった
私が歩いていく
どんどん歩いていく
お前らは手を振っている
私が引き返す
お前らは泣く
時の流れ
みんなもう遠い湖だ
跳ねている青い魚だ
屋根はひおり
天は星の冷たさ=======================================================
◆『交通安全ジャーナル』2004年6月号
ゆっくりのんびり生きる 力の抜けた老人力
本誌に「随筆・人間だから」を連載している高木さんが、こんなに数奇な人生を送ってきた方とは知らなかった。
戦争中に罹った熱病の後遺症で定職に就けなかったと言うが、今までしてきた仕事が、なんと、山番・伐採手伝い・日雇い土方・炭焼き・闇市場番人・トラック助手・ちゃんばら劇団の斬られ役・古着屋の手伝い・商人宿の番頭・ジガネ掘り・飯場の人夫・沖仲士・コークス拾い・浮浪者・ニセ坊主・ニセ占い師などなど……というから、すさまじい。といっても彼の放浪は、元気な若者の放浪とは違う。ぶらぶら・ふらふら・よろよろ・へなへな・ふわふわ・ゆらゆらとしたものなのだ。
そんな高木さんが七十歳を超えた。立派な爺さんだ。いや、そんなに「立派」ではないかも。相も変わらず、ぶらぶら・ふらふら・よろよろ・へなへな・ふわふわ・ゆらゆらと生きているから。
今は定住している横浜の家から、大田区あたりの仕事場にしているアパートに出かけ、帰ってくるまでのある老人の一日。本の体裁はそうだが、その合間合間に挿入される、彼が今まで出会った人たちの言葉や思い出が優しい。