日米の間には大きな文化的断絶があります。軽々しく何でも同じだと理解するよりも、断絶があると思う方が日米親善の為に良いと思います。誤解の上に作った親善関係はキッカケがあると脆くも崩れるものです。「相手を深く理解する。そして尊敬する」。 それが出来れば相手も日本を深く理解し、尊敬してくれます。
今日は靖国神社とアーリントン国立墓地の比較を通して日米の文化の大きな相違を描いて見ようと思います。
まず、アーリントン国立墓地では毎日平均30の埋葬式がとり行われています。そこが靖国神社と決定的に違います。アメリカという国家へ大きな貢献をした軍人達、そして政治家や官僚が公平な規則に従って埋葬の権利が与えられるのです。
埋葬には遺体をそのまま土葬にする形式と火葬にしたあとの遺骨を埋める形式の2つが有ります。この墓地に埋葬されるための条件は南北戦争以来の戦死者と退役軍人です。陸軍、空軍、海軍、海兵隊の全てを含みます。あるいは大統領や最高裁判所長官、などの政府機関の幹部も埋葬される権利があります。
南北戦争以来、アメリカの戦死者や退役軍人の死者は膨大です。そこでアーリントン墓地を使用しても良い人間の資格を規則で厳密に決めています。Googleで英語でArlington Cemetoryを検索すると墓地使用の権利を有する人の資格が明解に書いてあります。興味深い点は土葬には厳しい条件があり、遺骨を埋める場合は緩やかな条件になっています。
アメリカ人の考え方では国立墓地を使用する権利を有する者は、軍務の義務を人一倍立派に果たした者に限るという条件があります。従って軍務の間に種々の勲章を貰ったものを優先します。長期間軍務に従事し、重要な作戦に参加し、アメリカ軍の勝利へ貢献した人々を優先します。
しかし、国立墓地を使用する権利を行使するか否かは個人の自由です。アーリントンには20万基以上の墓があると言われます。でも南北戦争以来の戦死者や退役軍人の死者は数百万人いると想像されます。したがってアーリントン墓地にはほんの十分の一くらいの人しか眠っていないようです。
一方、靖国神社では戦死した日本人の全てを祀っています。個人的に、祀られることを拒否することが出来ないのです。その上、大きな戦功を上げて、生きて帰国し、後に病死した軍人は祀られていません。日本という国家に大きな貢献をした政治家は一切祀られていません。
アーリントンでは、個人の自由意思で権利の行使や放棄を決めるのです。歴代大統領は当然権利を有するのですが、アーリントンに墓があるのはケネディ大統領と他に数人だけの少数です。国家よりも、「個人の自由の尊厳」を大切にしたいという心情が見えるようです。
靖国神社と比較するといろいろ違いがありますが、もう一つだけ記して、終りにします。それは、アーリントンではプロテスタント、カトリック、ユダヤ教、イスラム教、無宗教など何でも良いのです。管理している陸軍の管理役所がいろいろな様式の埋葬式を全て無料ですることになっています。すなわち宗教の自由を完全に認めているのです。
下の写真はアーリントン墓地の風景です。左のように墓石の前面に墓誌が彫ってあります。右の写真は墓の裏面だけが見えるように撮った写真です。日本では無名戦士の墓としてこの墓誌の見えない風景写真が良く使われるますが、無名戦士の墓ではありません。
朝から墓地などと縁起の悪い話題を選んで申し訳ありません。お詫び申し上げます。しかしいろいろと深くお考え頂けるキッカケになれば嬉しく思います。
私は日米の間には文化の優劣は絶対に無いと信じています。そこには違いがあるだけです。
今日も皆様のご健康と平和をお祈り致します。藤山杜人