アンネ・フランクはオランダのアムステルダムに住んでいた14歳のユダヤ人の少女でした。1944年8月4日に一家と知人達8人で隠れていた秘密の屋根裏が、ゲシュタポに踏み込まれ全員逮捕されるのです。8人はかなり広い家の裏側の部屋に2年近く隠れ住んで居たのです。アンネの父、オットーだけが生き残り、あとの7人全員が強制収容所で絶命しています。誰かの密告によって全員逮捕、収容所送りとなったのです。
平成22年上半期芥川賞を受賞作品は赤染晶子さんの「乙女の密告」に決定しました。
アンネ達を密告した人は歴史的な謎となっているのです。その歴史を取り上げ、この小説では密告者が誰であったかという主題で書かれた小説です。このように書くと簡単明瞭な小説のようですが、構成が複雑なのです。ある外語大学の女子学生とドイツ語担当のバッハマン教授との生活とアンネの日記との重層構造になっていています。単純な頭の小生には理解するのが容易ではありませんでした。
私の理解では、外国語学校の女子学生、(女子学生は小説中では乙女たちと表現されている)が専門教材にしていたドイツ語訳のアンネの日記を暗唱するコンテストの準備中に起きた、乙女たちの心理的葛藤を描いた小説です。
その葛藤中にアンネ・フランクが乙女たちの心の中に乗り移ってしまいます。そして自分のユダヤ人としての、そしてオランダ人としての2重のアイデンティティーに悩みます。特に主人公の みか子は深く悩みます。そしてついに自分でアンネ達をドイツのゲシュタポへ密告するのです。アンネはユダヤ人として生き、そして死ぬ為には他のユダヤ人と同じように強制収容所へ入るべきと考えるようになったことを暗示しています。すなわち主人公の みか子はアンネ自身が密告したのでは無いか?という想像を創造しているのです。
複雑な心理描写をより深化させて居るのがドイツ語の暗証コンテストを企画し、指導しているバッハマン教授の不気味さです。少女の人形を愛し、もてあそんでいる姿は不気味です。ある時は教授自身がユダヤ人のようでもありドイツ人のようでもあるのです。しかしアンネの日記(小説ではオランダ語の原題、「ヘト アハテルハイス」(後ろの家で)」を用いている)を原題のまま使っている以上、アンネへ同情もしているようでもあります。彼はアンネの日記をロマンチックな少女の甘い日記として読んではいけません。そこから、大人の女として成長し、自立して行く人間の苦しみや悲しみの記録として読みなさいと指導しています。
結論を書けば、私はこの小説は好きになれません。赤染晶子さんの緻密な重層構造の描き方やバッハマン教授の計算された役回しなどは、彼女の非凡な才能を証明しています。抜群に頭の良い人です。しかし私はこの作品が嫌いです。
小説では世間の法律に反しないかぎり何を主題にしても良いのです。どのように描こうが作家の自由です。
しかし私はユダヤ人の殺戮を手助ける密告者を主題にするならもう少し別な描き方があったのではないかと感じています。ユダヤ人かオランダ人か自分のアイデンティティーに苦しむのは理解できます。しかし自分でそれに決着をつけ、自分で仲間を含めて密告する行為はあまりにも絵空事すぎます。ユダヤ人の2000年の歴史やドイツ以外のキリスト教国での差別や殺戮の歴史の陰影を感じさせる描写がさりげなく散りばめてあれば、もっと深みのある傑作になったと感じました。
ようするに乙女の頭で空想したストリーに現実感が出てこないのです。いくら小説技法的に抜群でも、現実感が無い以上、小説としては失敗作と感じました。
読後、9人の選考委員の選評を読みましたが、宮本 輝 さんの選評が私の感じ方を代弁してくれているようで嬉しくおもいました。
念の為、アンネ達のうち7人が逮捕されたあとどのように死んで行ったかを補足として以下に示します。出典はWikipedeaの「アンネの日記」です。
今日は、「アンネの日記」のような日記が再び書かれないように、平和な時代が何時までも続きますことを、御祈り致します。藤山杜人
====登場人物とその運命=============