電話の向こうでは緑が元気そうな声を出して「これから新幹線に乗るところよ。」と言っている。
一瞬困った恵子だが、事実を話すより仕方がなかった。
でも思っても見ない緑の反応は、さぞかしがっかりするだろうと案ずる恵子の気持ちを軽くしてくれた。
「私は例年通り都心のクリスマスを楽しむから、恵子は一人で島でひっそりと楽しんでね。」ということだった。
思っても見ない展開になり、意気消沈した恵子だったが、気持ちを切り替え、文字通り一人旅を満喫しようと決心した。
一人きりの寂しいクリスマス・イヴのディナーであったが、「心静かに一人ワインを飲みながらというのもなかなか乙かも。」などと、ほろ酔い気分で自分自身を慰めた。
食事を終えた恵子は部屋に戻るためエレベーターに乗った。
ガラス張りのエレベーターからはクラブの庭に見事なイルミネーションが輝いているのが見渡せ、思わず一人で歓声を上げてしまった。
これは外に出てみなければと思い、ロビーに引き返した。
午後から夕方にかけて激しく降った雨は嘘のように止み、空には奇麗な星が瞬いていた。
「これは最高のイヴだわ!」と思わず声に出したそのとき、何処からか男性の声がした。
「すみません。あなたの写真を撮らせて頂けませんでしょうか?」
恵子は一瞬相手が何を言っているのか分からず、キョトンとした表情でいた。
「顔は写しませんから、後ろ姿や横顔くらいを入れさせてもらえれば、このクリスマスのイルミネーションも映えると思うんですよ。」
見ず知らずの男性に自分の写真を撮られるのは抵抗があるが、後ろ姿くらいならいいかもと思い、承諾した。
男性は何枚か撮り「有り難うございました。お陰で今年のクリスマスのいい記念が出来ました。」と言った。
「記念なんて大げさですよ。」と恵子はつい本音で言ってしまった。
「いいえ。記念になります。たとえ見知らぬ女性の写真でも慰めになります。クリスマスの記念に誰もいない風景は残したくないですから。」
「実は今日彼女と一緒にここに来る予定だったんです。でも船に乗る直前にけんかをしてしまい、彼女はどうしても乗らないと言い出したんです。僕もついカッとなり勝手にしろと言ってしまいました。そんな状態で乗ったら案の定海が荒れました。僕は気になりすぐに電話をしました。待っているから後から来てほしいと。彼女は決心がつかなかったようです。彼女が迷っているうちに船が欠航になってしまったという訳です。」
「そうでしたか。それはお気の毒。それに比べれば私なんか気楽ですね。私は女友達と一緒に来るはずだったんですが、友達は夕方の便に乗ることになっていたので、来られなくなってしまったんです。」
「お互いに予定外に一人きりのイヴとなってしまった訳ですね。どうですか、ひとりぼっち同士でイヴを祝いませんか?ワインでも何でも僕がごちそうしますよ。」
「私、今一人で少し頂いたところなんです。これ以上頂いたら酔ってしまうかもしれません。」
「酔ったら僕が介抱しますよ。な~んて、こういう言い方は危険な男が言う台詞ですね。酔わない程度に少しくらいならいいでしょう。」
そう言われると恵子はなんだかそんな気になってしまい「私さっきはイタリアンにワインだったので、今度は日本酒を頂きたいです。でももうしばらく外にいたいです。・・・奇麗ですね。この景色をお互いに一人で見るのはやはり何ともわびしいですね。恋人のいない私ならともかく、イヴに恋人とけんか別れとは何とも悲しいですよね。あまりお気の毒なので、今夜は彼女の代わりに私がお酒のお相手をしてさしあげます。」
恵子は決して酔いすぎてはいけないという自制心が働き、日本酒を少し頂きながら、初めて会った男性の恋の身の上話を聴いてあげた。
彼は話すことによって心が少し軽くなったと感謝をしてくれた。
明日の朝8時に一緒に朝食をとる約束をし、それぞれの部屋に戻った。
部屋に戻り、恵子はベランダから夜景を眺めた。
こんな静かなイヴを過ごすのは何年ぶりだろうと思った。
また来年も一人で過ごしてもいいかもしれないと思いながら、いつまでも伊豆半島の夜景を眺めていた。(続く)