翌朝起きた時、部屋のカーテンを開けた恵子は思わず歓声を挙げた。
昨日の荒れ模様が嘘のように気持ちよく晴れ渡り、朝日が海面を照らし何とも美しい景色であった。
ベランダに出て深呼吸をし、新鮮な空気を思い切り吸った。
朝の海を眺めながら恵子は大学一年のときに行ったハワイのマウイ島の海を思い出していた。あのときの海も何とも言えず静かで美しかった。
時間が止まったような景色というのは海を眺めると感じられるのかもしれないと思った。
8時に下に降りて行くと昨夜の彼がもうすでにテーブルについていて、恵子の姿を見ると手を上げて合図した。
恵子は明るい声で「お早うございます!」と挨拶した。
「私はぐっすり眠れましたが、そちらはどうでしたか?」と聴いてみた。
「また僕の話を聴いて下さいますか?昨夜あれから彼女に電話したんですが、あれこれ話しているうちに別れようということになってしまいました。
そもそも昨日けんかしたということは、このところどうもお互いに気持ちがぎくしゃくしていたからなんです。
普通なら船の欠航で共に過ごせなくなったら悲しくてやりきれないでしょうが、なぜか違うんですよね。
今回の事でお互いの気持ちがはっきりしたみたいです。最初は欠航を恨みましたが、むしろ感謝しなくてはいけないようです。
人間って不思議なもので、何かあったときに初めて自分の気持ちに気づくものですね。
もっとも何かがあって気づくようでは情けないですが。。。」
「そうですか。それは御愁傷様です。では気持ちを切り替えて大いに食べましょうか。」
恵子と彼は既に旧知の間柄のようにおしゃべりをしながら朝食を楽しんだ。
朝食後、島の中を一緒に散歩しようということになり、一休みしてから出かけた。
師走とは思えない暖かさの中、時折吹く風も冷たくなくむしろ心地よかった。
のんびりと歩く姿は端から見たらきっと恋人同士に見られるだろうと、恵子は内心自分が可笑しかった。
島にはアイランドリゾートというビィラ形式のものもあり、竜舌蘭、フェニックスヤシ、アロエなどが生えていて、南国情緒がたっぷりであった。
頂上が少し雲に隠れているものの富士山も見ることが出来、なんとも穏やかな冬の日を心行くまで楽しむことが出来た。
散歩の最中に彼が「今日は正面から写真を撮らせて頂けますか?」と聴いてきた。
恵子はごく自然に素直になれ、むしろ笑顔で応じた。
この出会いは一体なんなのだろうと思いながら、たとえ短い出会いでもこうして幸せなときを過ごせたことに感謝しようと思った。
昼食も共に済ませ、午後早めの船で帰ることにした。
帰りの船はデッキで過ごしたいと思い、彼につきあってもらった。
海を眺めながら、「人生っていつ何があるか分かりませんね。
ちょっとした事で運命の分かれ道が出来てしまうんですね。」と恵子がつくづく言うと
「いや、大きな道は決まっているのかもしれません。僕は今回の事で自分が少し大人になれたような気がします。
今度こそ出会った人は大切にしたいです。」
そしてしばらく黙っていたが、突然
「今回あなたに出会えた記念にこれを受け取ってくれますか?」と、
クラブを立つ前に買い求めたというネックレスを恵子に差し出した。
そして彼は話を続けた。
「昨夜庭であなたを見かけた時、なぜか僕の胸がドキドキしたんです。
このドキドキが一体なんなのか今の僕にははっきりとは分かりません。
でもあなたと過ごした時間はこの上なく心地よかった。
久しぶりに安らぎを感じました。
このドキドキが僕にとってどういうものなのか、時間をかけて感じてみようと思います。
もし一年経っても二人とも特定の人が現れなかったら、来年のクリスマス・イヴにまた初島で会いませんか。
その時、このネックレスをしてきてくれたら嬉しいな。
写真もその時にお渡ししたいと思います。」
恵子は思ってもみなかった彼の告白とプレゼントに急に胸がドキドキし始めた。
胸のドキドキをしずめるために海上に視線をやると、だんだんと初島が遠くなるのが見えた。
恵子は「まだずっと長い時間彼とこうして船に乗っていたい。」と強く思った。
熱海港に着き、別れのときがきた。
彼は駐車場に車を止めているので、恵子さえよかったら一緒に東京に帰ろうと誘ってくれた。
恵子は彼の車でドライヴを楽しめたらどんなに楽しいだろうと直ぐに飛びつきたかった。
でもそこまで甘える勇気はなかった。
でも自分の気持ちだけははっきりと伝えておきたいと思い
「私、多分一年経っても恋人は出来ないと思います。来年のクリスマス・イヴに必ず初島に行きます。」と気持ちを込めて強く言った。
彼は「じゃ、元気で!」といい、恵子に握手を求め、さわやかな笑顔を残して去っていった。
恵子はまた東海道線に乗り、車窓からの景色を眺めた。
しばらくは初島が見えていて、昨夜からの彼との会話を思い出しながら眺めていた。
初島が見えなくなると、電車の心地よい揺れを感じながら、目を閉じて彼の顔を思い浮かべた。
そして来年のクリスマス・イヴのイルミネーションの淡い光の中に彼と二人でいる自分の姿を想像した。
恵子のまぶたには、ネックレスの小さな光がイルミネーションに負けない光を放っているのが見えた。(完)
これでyokoさんにご提供して頂いた短編小説の連載を終わります。
お楽しみ頂ければ嬉しく存じます。