後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

自然の美しさ保全か?交通の利便か?

2011年06月28日 | 日記・エッセイ・コラム

高速道路を設計し、造っている土木会社の文化には自然の景観の美を大切にする思想が皆無です。それよりも自社の高度な土木技術を誇示、宣伝したいのでわざわざ高い立体交叉の構造物を作りあげます。碧い空にそびえたつ立体交叉を見る度に困ったものだと思いながら通り過ぎて行きます。もう少し目立たないように、控え目に立体交叉の構造物が造れないものなのでしょうか?

東京の真ん中の美しい「日本橋」の上を高速道路で覆った、あの思想ですね。残念です。下の写真は、八王子から中央高速道路を走り高尾山の美しい山に差し掛かった所の風景です。それを数Km登ると、とたんに下2枚の写真のような立体交叉の構造物が目の中に飛び込んで来ます。ギョットします。不快感に襲われます。

しかし中央高速道路と圏央道の立体交叉の構造物は交通の利便性のために必要です。更に圏央道と甲州街道をつなぐ立体交叉の構造物もその近くで造っています。

この2つの立体交差の構造物で美しい高尾山の尾根、尾根はズタズタに切られ、無残な姿に変わり果てました。しかし交通は便利になります。それにしてももう少し控え目な設計が出来ないのでしょうか?皆様のご意見はいかがでしょうか?

003 006 005


現在の東京電力管内の電力の使用状況グラフをご覧下さい

2011年06月28日 | うんちく・小ネタ

今日の東京地方は朝からカンカン照りの夏日です。庭の温度計は35度になり室内は33度ありました。

しかし冷房装置の電源を入れないで扇風機で頑張ってしのいでいます。

そこで心配なのが東京電力管内の電力の使用状況です。

早速、http://www.tepco.co.jp/forecast/index-j.html をクリックして見ました。供給可能電力の85%までゆくようです。

現在の使用状況とは15分位前のデータだそうです。

供給可能電力以上になっても急には停電しないで水力発電所を動かすそうです。しかし運転可能な時間はダムにある水に限りがあり、いつかは停電します。

この夏はこの現在の東京電力管内の電力の使用状況グラフを毎日見ながら冷房装置を動かしたり、止めたりする事にしました。

皆様も是非、「現在の東京電力管内の電力の使用状況グラフ」 をご覧下さい


流れ行くアジサイの花影・・・アジサイが何処にでも咲いている季節

2011年06月28日 | 写真

梅雨時は日本中にアジサイが咲いているのではないでしょうか?ぼんぼりのように丸く咲いた花々が、次第に大きくなりながら、色が鮮やかになっていきます。

箱根の登山電車に乗ると強羅に着く手前の数キロの沿線にアジサイが延々と咲いていて、「アジサイ電車」と呼ばれています。特に夜にアジサイに照明をあて、電車をゆっくり走らせ夜の花々を観賞することもしています。

五日市街道の小金井橋付近の玉川上水沿いにアジサイが延々と植えてあります。車で通るとアジサイがどんどん後の方へ流れて行きます。箱根登山鉄道のアジサイ電車を思い出しました。

家内が車の窓を開けて、撮った写真です。花影が後(左)の方向へ流れています。アジサイのお好きな方々へお送りする写真です。失礼しました。

027 029 030


私の宗教にかかわる遍歴(5)隠れキリシタンの本を読んでカトリックになった

2011年06月28日 | 日記・エッセイ・コラム

26seijin411

1962年にアメリカ留学から帰って来た後、日本民族の文化をもう一度深く考えるようになりました。在米中にアメリカ人からいろいろ質問され返事に窮した経験がその原因でした。広い分野の本を読みましたが、その中に隠れキリシタン関連の本がありました。

上の写真は長崎で1597年、慶長元年にに処刑された26聖人の像です。外国人6名と日本人20名がキリスト教を捨てなかったので処刑されたのです。

処刑は26名だけではありませんでした。棄教しないキリスト教徒を拷問にかけ30万人も処刑したのです。(30万人については確証はありません)。当時、日本に広がっていたキリスト教は、1549年にザビエルが伝えた天主教(カトリック)で、棄教は恥と思われていました。

1614年、慶長18年の大禁教令が出て、日本中のキリスト教徒は隠れて信仰を守る行動に入ったのです。それが隠れキリシタンです。

幕府は隠れキリシタンを摘発する為に「踏絵」を毎年、明治4年まで続行したのです。

この江戸幕府の厳しい禁教政策にも拘わらず、隠れキリシタンは251年も信仰を守ったのです。

1614年、慶長18年の大禁教令から251年目の1865年、元治2年に隠れキリシタン達が、下の写真のような大浦天主堂に現れたのです。そしてフランスから来ていたプチジャン神父へ、ザビエルの伝えた天主教(カトリック)を信じてきたことを告げたのです。

そのように信仰に誠実な日本人が居たのです。私は迷わず彼等の宗派に近づきました。そして1971年に家内と一緒に、カトリック立川教会の塚本金明神父から洗礼を受けました。その辺の経緯は又書きたいと思います。

それはそれれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。藤山杜人

Nagasaki_oura_c13781 Oura_church_nagasaki1

下に隠れキリシタン関連の本を少しご紹介しておきます。

(1)片岡弥吉著、「踏絵―禁教の歴史」、日本放送出版協会、昭和44年6月初版発行。

(2)片岡弥吉著、「長崎の殉教者」角川選書33、角川書店、昭和45年3月初版発行。

(3)ルイス・フロイス著、柳谷武夫訳、東洋文庫4「日本史1、キリシタン伝来のころ」、平凡社、昭和38年10月、初版発行。

(4)平川祐弘著、東洋文庫141「マッテオ・リッチ伝、1」、平凡社、昭和44年6月、初版発行。

(5)岡田章雄著、「バテレンの道」、淡交社、昭和45年12月、初版発行。

(6)松田毅一著、「キリシタン時代を歩く」、中央公論社、昭和56年7月、初版発行。

(7)加賀乙彦著、「ザビエルとその弟子」、講談社、2004年7月、初版発行。