後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

原発に関する風評や感情論を煽りたてるのでブログやHPは無い方が良い!

2012年08月26日 | 日記・エッセイ・コラム

2011年3月11日の大津波で福島第一原発の4基が爆発して、放射性物質を福島県にまき散らせました。強制的に移住させられた住民も多数いました。

それ以来、このブログでは科学的根拠の無い風評や感情的な意見を鎮めるために数多くの記事を掲載してきました。

しかしこの私の意図とは反対に益々感情的になったり、私の解説的な記事を否定したいあまり、もっと悪意に満ちた風評を発信した人も皆無であったとは言えません。

従ってブログやHP(ホームページ)は社会にとって悪い影響を流すから無い方が良いと言う人がいます。ブログやHPは存在しない方が良いと思っている人もいるのです。

特にこのように考える人は知識人や専門分野で指導的な役割をしている科学者や技術者に多いのです。

ブログに専門的な論文を書いても素人には理解出来いと思っているのです。所詮、素人は素人なのです。

実は私もこのブログを始めるまではそのように思っていました。

ところが歴史学者、社会学者、文化人類学者などのいはゆる、「文系の学者」は自分の研究論文を学会誌に印刷公表した後で、ブログやHPへ全文をそのまま公表しているのです。

文系の論文は素人にも読めます。私はそのようなブログやHPを幾つも読んだ上で、自分のブログ記事を書いています。

最近の例ではドイツ現代史の学者である清水正義氏の論文のお陰で戦後のドイツの戦犯の裁判のあり方が理解出来たのです。

これこそブログやHPの功績ではありませんか?

そこで気になって、自分の研究論文がインターネットに公開されているか検索してみました。

「後藤和弘氏」として検索すると私が発表した多数の研究論文の題目一覧表が出ているのです。そのURLは、http://sc.chat-shuffle.net/human/id:1214447 です。

そして「後藤和弘」を検索すると出版した本や略歴も出ているのです。その上、後藤和弘 の画像検索結果 もあり、このブログに掲載された写真が多数出ているのです。

これには驚きました。

ですからブログやHPを実名で書いている人は逃げも隠れも出来ません。

そこで本題に戻って、「原発に関する風評や感情論を煽りたてるのでブログやHPは無い方が良い!」という意見をもう一度考え直してみましょう。

そうすると、ブログやHPを匿名やハンドルネームで書いている限り、悪い影響が多くなりがちだと言えそうです。

話は飛びますが、私も加盟しているアメリカのFace Bookというネット組織では実名を使うことになっています。発信する情報は実名の個人が責任を取るのです。

このようにしてアメリカではインターネットの存在による悪影響を少なくしようとしています。

どちらが良いとか優れているとか主張しませんが、アメリカと日本のインターネット文化の相違がここに厳然としてあるように思います。

結論として提案したいことは、「ブログやHPや全てのインターネット組織では参加する人が皆実名でしたほうが良い」という考え方です。

日本でも実名でブログやHPを実名で書いている人もいますが、まだまだ圧倒的に少数です。

さて皆様のご意見は如何でしょうか?コメントを頂ければ嬉しく思います。(終り)


急激に変化する日本人の価値観(4)大津波と原発爆発で人々の心が変わった

2012年08月26日 | 日記・エッセイ・コラム

飛鳥時代、奈良、平安・・・そして明治、大正、昭和、平成と人々の生き方や価値観が変わってきました。しかしどんなに変わっても日本の自然は変わりません。

下は多摩川の岸から奥多摩の山並みを見た風景です。悠久たる山々の広がりが何事もないように横たわっています。

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価値観には理性的な打算が入ります。心は感情や情緒の動きが入ります。少し意味合いが違います。

今回は、大津波と原発爆発で人々の心がどのように変わったかを考えてみたいと思います。

この記事の前には、原発ゼロ支持、47%に増加・・・討論型世論調査 ・・・容認約3割は変わらず という記事を掲載してあります。

日本は永久に原発をゼロにすべしという人が47%もいるのです。

原発の比率は15%以下なら良い、あるいは25%以下なら良いと考える人を合計すると30%位となります。

2030年に原発をゼロにすると日本のGDPは2兆円から28兆円減少すると言われています。現在の日本のGDPは460兆円位ですからその約5%が減少するという推算結果です。

47%の日本人は生活が苦しくなっても原発のような危険な工場を日本の国土から撤去するという決心をしているのです。

自分の子供や孫の安全を遺産として遺して上げたいという感情が心を支配したのです。

そして、この情緒が消費税の増額の国会決議を支持しているのです。子供や孫の時代に日本が倒産しないように生活が苦しくなっても消費税を上げるべきという心の動きが支持したのです。

この心のあり方は戦後経済復興と経済成長だけを信じて、努力して来た日本人の心情を大きく転換する現象です。驚くべき現象です。

しかし、人間は矛盾のかたまりです。心が原発ゼロを思っていても打算的な価値観から考えるとやっぱり原発は20%位は温存していた方が良いと考えているのです。

ですから多くの人々は「建前として原発ゼロ」と言いながら、「本音は20%温存」を願っているのです。これは人間の感情と理性の対立なのです。

その上、日本の将来20年、30年に渡るエネルギー政策が出来ていないのです。

実の憂慮に堪えない事態なのです。こういう場合は政治家は感情と理性の妥協案として原発15%温存政策を決める方向になって行くと思います。

今日はこれからミサへ行きます。

イエス様へ原発のことを聞いてみます。返事はきっと、「カエサルの物は、カエサルヘ返せ」だと思います。原子力は神のものだから神へ返せという意味なのでしょう。

また、「私の体を食べて永遠に生きることを考えよ!」と言うかもしれません。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をミサの間にお祈りしてきます。後藤和弘(藤山杜人)