大部分の日本人は宗教を信じていません。お寺に墓があったり、葬式は仏式でしますが、それは習慣でそうするのであり、別に仏教を信じているわけではありません。
神様なんて人間が勝手に想像しているだけで、科学的に考えればそんなものが存在する筈がありません。
人間にとって科学的、合理的に考えることが一番重要なことで、宗教などは、迷信と同じで、そんなものを信じている人はバカなのです。バカな連中の言うことなど聞く耳を持っていません。
そして欧米で宗教改革の後、カトリックとプロテスタントが宗教戦争を繰り返しました。
その上、最近はイスラム教を仇にしてアメリカがアフガニスタンやイラクを占領してしまったのです。
欧米の歴史をみると宗教こそが戦争の原因になっています。
宗教さえ無ければ戦争は無くなります。ですから宗教はいけません。宗教を信じないほうが良いのです。
多くの日本人は上に書いたように考えています。
この考え方は殆ど正しいかも知れません。ですから私は反論しません。
私が強く主張したいことは、無神論にも、そして、あらゆる宗教には優劣がないということです。
アイヌの神のひとりは金のしずく、銀のしずくを降らせるフクロウです。その神とキリスト教の神には優劣が無いと私は主張したいのです。
同じ様に無神論者と敬虔な仏教徒には優劣が無いのです。
ですから、宗教を信じていない日本人は神を信じている人を差別して、蔑むことは絶対に悪いことです。そうすると神を信じている人は日本人を憎みます。
この差別と蔑み、そして憎しみの応酬がイスラム教徒によるキリスト教徒へ対するテロの原因なのです。
互いに差別し、蔑み、憎み合うからテロが絶えないのです。内戦が絶えないのです。
私はカトリック教徒です。これから教会のミサに行きます。
しかし無神論者も仏教徒も尊敬しています。神道の人も尊敬しています。絶対に差別して、見下しません。見下せば、自分が蔑まれるのです。
下に昭和11年に作られた高崎の観音像の写真をお送りします。
お釈迦様の知恵の象徴。お釈迦様の慈悲の象徴。お釈迦様の限りない力の象徴。キリスト教的な言い方をすればお釈迦様の愛の象徴を仏像の形に作ったのです。お釈迦様の知恵の象徴ですから性別はありません。これが仏教哲学の神髄をしめす象徴的な像なのです。
私はキリスト教徒ですが、この仏教哲学の神髄を示す象徴的な像が大好きです。
それはそれとして、
今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
高崎観音様(出典:http://blogs.yahoo.co.jp/bighide2345jiji/11153123.html)