右手は工業団地。
「元荒川水管橋」。
※元荒川水管橋は城北大橋から500m上流に架けられている。元来は水管橋(元荒川の上を水道水を渡らせるためのもの)だったが、平成14年に改修され、歩行者も渡れるようになった。
上流方向。
下流方向。
土手沿いの道を進みます。
「伊豆島の大蛇全3ヶ所の東側」(蓮田市黒浜)。
※この付近が、蓮田市とさいたま市岩槻区の境界線になります。
民俗行事の一つで、春祈祷(はるきとう)に関連する厄除け行事です。由来は200有余年前に集落内に悪い病が入り「魔除け、災難除け、疫病除け」として『大蛇(だいじゃ)』を作り、集落境界の2ヶ所に立てたと言われています。集落内の1軒に1人が夕方(3時頃)集まり、御神酒で清め「家内安全・五穀豊穣」も祈りながら作られ、「上顎」・「下顎」・「胴体」を別々に作ります。胴体は細く作りますが、これは何でも悪いことは食べてしまうようにとの願いが込められています。
胴体の巻き方は、注連縄と同じ「左巻き」に撚って作られています。藁で全長約2メートルに作り上げられた大蛇は、「破竹(はちく)」と呼ばれる竹に刺し、現在は3ヶ所に立てられています(東岩槻方面への新たな道路の完成によるため)。以前は、大蛇と共に榛名神社のお札(家内安全・五穀豊穣)を辻札として立てていたようです。これは春祈祷行事も兼ねていたものと思われます。
以前は5月1日でしたが、現在は5月の日曜日に実施されています。令和5年は5月7日(日曜日)に行われました。
かつて、向いの笹山地区でも実施されていましたが、現在は行われていません。伊豆島の大蛇は、市内で唯一現存する藁作りのフセギ行事です。
「伊豆島の大蛇全3ヶ所の北側」。
(この項、「蓮田市」HPより)
※「西側の大蛇」を見逃してしまいます。
道脇の電柱にあったようです。
(「Wikipedia」より)
※道切りの一種。
道切り(みちきり)とは、村(地域)の出入り口にあたる道や辻で行われる民俗習慣のひとつ。辻切り(つじぎり)とも称される。
日本の村落においては、村と山の境界にあたる野良(ノラ)、あるいは村と村の境(サカイ)には古くから魔や疫病をはやらせる神などが出入りすると考えられていた。出入り口にあたる道には魔を防いだり、追い払うために道祖神が祀られたり、注連縄(または藁で作った蛇)を張ったり草履や草鞋が供えるなどの道切りが行われていた。
関西地方では近畿地方を中心として、村境や辻、寺社の境内などに注連縄を渡す勧請縄(かんじょうなわ)という行事が多く行われている。また、比較的都市化の進んだ千葉県北西部地域(佐倉市、市川市、船橋市、八千代市)を含む[2][3][4]千葉県各地で、名称はさまざまだが、道切りに相当する行事が現在も行われている。形態も、百足や蛇や龍の形をした綱を境界の木に据え付けるもの、同様の綱を道に張り渡すもの、人形や魚介類(蛸や海老)を模したものや草履などを吊り下げるもの、鹿島人形やお札を立てるものなど、多様性に満ちている。
「銚子往還」歩きのときに、銚子市小浜町で見かけました、
頭上に、
道を横切るように、しめ縄、タコ(右)やイカ(左)などの作り物が渡されています。
・・・
先に進みます。
民家の垣根沿いに廃船。
林の中の道を進みます。
川沿いの道へ。
集落を振り返る。
河川敷の小道に入ります。