書店はとても居心地が良い
まだ読んでない本とか、今の気持ちにあった本に出会うとワクワクするし
店に並ぶたくさんの本を見るたびに何時も
人はなんといろんなことを考えたりするのだろうと思う
新しい出会いは試し読みする最初のページで決まる
今でも覚えているがヘッセの「デミアン」は
冒頭のこの文章で購入を決めた
「私は、自分の中からひとりで出てこようとしたところのものを
生きてみようと欲したに過ぎない。なぜそれがそんなに困難だったのか。」
北杜夫の繊細な文体の「幽霊」の冒頭も
一発ノックアウトパンチを食らった感じだった
「人はなぜ追憶を語るのだろうか。
どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。
その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。
――だが、あのおぼろな昔に人の心にしのびこみ、そっと爪跡を残していった事柄を、
人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻しつづけているものらしい。
そうした所作は死ぬまでいつまでも続いてゆくことだろう。
それにしても、人はそんな反芻をまったく無意識につづけながら、なぜかふっと目ざめることがある。
わけもなく桑の葉に穴をあけている蚕が、自分の咀嚼するかすかな音に気づいて、
不安げに首をもたげてみるようなものだ。そんなとき、蚕はどんな気持がするのだろうか。」
この幻想的な文章にはほとんど嫉妬に近い感情を覚えた
でも北杜夫でもこの柔らかな繊細な文章は何時も書けたのではなかった
夏目漱石の草枕の冒頭もなかなか良い
「山路やまみちを登りながら、こう考えた。
智(ち)に働けば角かどが立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。
意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。」
これから続く文章もなかなかだが、少し説明的で冒頭ほどの力はない
そう言えば高校で習った「徒然草」もなかなか良い
「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなし事を、
そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」
ついでに思い出したが「奥の細道」も味わい深い
「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。」
冒頭は大事だなとつくづく思う
音楽も最初の音が肝心だ
ビートルズでは「ヘルプ」「ヘイ・ジュード」「シー・ラブズ・ユー」に限らず
いろんな曲が印象的な始まり方をする
クラシック音楽ではド定番のベートーヴェンの5番 「運命」
モーツアルトでは25番の交響曲のト短調
マーラーでは「大地の歌」の第1楽章
ショスタコーヴィチは5番の交響曲の第1楽章
も一度聞けば記憶に残るだろう
ちなみにマーラーとショスタコーヴィチの音楽の冒頭はこんな感じ
マーラー《大地の歌》全曲 バーンスタイン指揮/ウィーン・フィル
ショスタコーヴィチ: 交響曲第5番 二短調 Op.47「革命」:第1楽章[ナクソス・クラシック・キュレーション #カッコイイ]