明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



まだ一度もマスクをして外出していない。たんに忘れてしまうだけだが、それほど近所にしか出かけないからでもある。 昨晩太宰治はとりあえず芯材をろくろ台に立たせて昨晩は寝た。朝ゴミを出さなければならない。ゴミを出し、朝食を済ませ、太宰に取り掛かろうとしながら取りかかれない。例のヘキが出る。わざわざ作り惜しみをして自分を焦らしてしまう。考えてみれば太宰とは色々あった。元々嫌いな作家であったが、フリーペーパーの表紙の依頼で制作した。同じく小津安二郎も、高校生の時、今は亡き銀座並木座で東京物語を観て、耐えられずに途中で出てきた。それが仕事の資料として、仕方なく一通り小津映画を観て、挙げ句に大好物に転じてしまった。共演を機に恋愛関係にまで発展する俳優の如しである。太宰は心中の生き残りのイメージが大いに邪魔をしたが、作品としては面白く、読まず嫌いであったことを認めない訳にはいかなかった。 前作は、横に本物の女性を立たせたせいで、粘土製の髪に違和感があり私の髪を合成した。そんな事情もあり、直しているうち収拾がつかなくなった。引っ越しの後、ようやく新たに制作することになった。苦労した分、楽しませてもらわないとならない。そして作り惜しみをしてグズグズしていたのだが、こんなことが弓の引絞り効果となり、作業が進んでしまうのは判っていた。たまたま始める前に昼食を食べながら観た、犯人が犯罪現場を公開して喜ぶ映画を観て、フェイスブックにスマホ画像を載せなが制作していたが、残念ながら作業が進み、このブログをアップした後、最後の1カットをアップし、明日は早くも乾燥に入ることになりそうである。楽しいことはすぐに終わることになっている。

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