鳩山首相は普天間米軍基地移設問題で「国外、最低でも県外」の公約を個人的約束事に格下げ、だから破っていい訳のものではないにも関わらず、ポイ捨てして、一部のみ県外移設、大部分県内移設を以って「最低でも県外」をクリア、沖縄の負担軽減だとした。
具体的には沖縄県名護市辺野古沿岸部を埋め立てて滑走路を造成す現行案を埋め立てずに杭を打ち込んでその上に滑走路を建設する杭打ち桟橋方式への修正と部隊と訓練の一部鹿児島県徳之島移設の二つを柱とする計画を政府案として予定した。
鳩山首相は現行案については、「辺野古の海を埋め立てることは、自然への冒涜(ぼうとく)だと強く感じている。あそこに立ったら、埋め立てられたらたまったもんじゃないと誰もが思う。現行案を受け入れるような話になってはならない」(4月24日午後の発言/日本経済新聞WEB版)の完全否定を埋め立てから桟橋に変えることできれいさっぱりペイしたが、「あそこに立ったら」、埋め立てであっても桟橋方式であっても、青い海が見えなくなることに変わりはないが、見える見えないは「自然への冒涜」という点では問題なしということなのだろう。
だが、米側はこの杭打ち桟橋方式を滑走路と海面の間に空間ができるため、テロ攻撃の対象になりやすいこと、埋め立て方式と比べても、環境への影響は大きく変わらないこと、そして波が滑走路にかかる可能性の難点を挙げて受入れに難色を示した。
また、県内移設先とされた名護市長も名護市民も、また沖縄県民の多くが県内移設に反対、反対の大規模な県民大会を開催。県外移設先とされた徳之島の3町長も反対を表明。政府から話がある前から前以ての受入れ反対の意思表示として4月18日に島民1万5千人(主催者発表)を集めて移設反対の大規模集会を開催。連立内閣の社民党と国民新党からも現行案修正について反対の意思表示。政府は反対の四面楚歌を受ける窮地に立たされた。
その窮地を打開するため、鳩山首相は、多分自身の指導力を頭から信じたのだろう、5月7日に徳之島の3町長を首相官邸に招き、「徳之島へは部隊移転であっても1千人以下だ。部隊が駄目ならば訓練だけでもご理解いただける範囲で受け入れてもらいたい」(msn産経)と移設受入れ要請(受入れ懇願?)の会談を行ったが、指導力の甲斐があって、3町長から約2万6千人分の移設反対署名の提出を受け、受入れに絶対反対の成果を獲得することができた。
その成果の成果が翌日、5月8日鹿児島市開催の、徳之島3町長や伊藤祐一郎鹿児島県知事を初め、約5000人(主催者発表)が参加した「米軍基地の県内移設に反対する県民総決起集会」であった。徳之島はこの集会を通して交渉の余地を与えない姿勢を示した。
だが、政府としてもここでおとなしく引き下がって入られない。陰湿策士平野官房長官は交渉の余地を正面突破から側面突破に活路を求めた。
交渉相手として町長がダメならばと、受入れに前向きな徳之島町議へとシフトさせた。本来なら、何らかの方法を模索して受入れ反対の勢力を説得し、受入れ賛成に持っていく正面突破を正々堂々と図るべきを、そこは陰湿策士の平野官房長官、5月12日、鹿児島市のホテルで姑息にも受入れ前向きの町議という隙間に手を突っ込むことにした。
町議との会談に先立って、平野官房長官は次のように発言している。《普天間移設:官房長官が徳之島町議5人と会談》(毎日jp/2010年5月12日 21時51分)
平野「議員だから当然、島民の民意の代表者であることは間違いない。民意が許せる範囲で沖縄の負担軽減のため、ご理解をいただきたい」――
名護市長選で基地移設反対派の稲嶺市長が当選したときは、「民意の一つ」だとして、移設反対をすべて物語っている民意ではないと貶めておきながら、島民の多くが反対の意志を示していることからすると一部分の「民意の代表者」に過ぎないことを無視して、「島民の民意の代表者」だと他の「民意の代表者」と同格に扱う使い分けの矛盾を平気で演じている。
《官房長官、徳之島町議に「国も困っている」》(YOMIURI ONLINE/2010年5月12日23時46分)
約1時間30分間の会談。5人の町議が参加。
平野官房長官(会談後の記者会見)「町民の声が大変厳しいということは聞かせていただいた。(町の)議会に持ち帰って、報告する(ということだ)。日本全体の問題だから協議をお願いしたいと申し上げた」
池山富良町議「徳之島では厳しいと伝えた。(平野長官との会談では)賛成の意見は一つもなかった。・・・・きょうは9人か10人来る予定だったが報道陣がいっぱい来ていて、怖くなって出られなかった」
(平野長官はどういったことを言っていたのかの問いに)
池山町議「国も困っているから島の状況を教えてほしい。協力できるのだったら、(普天間飛行場の機能や訓練受け入れを)お願いしたいといったことを」 ――
まさか1時間30分間の会談で以上の遣り取りだけということはあるまい。確かに事実そのとおりだから、「徳之島では厳しいと伝えた」は確かだろうが、それだけ伝えるためだったなら、受入れに前向きな町議という立場からして、会談の意味を成さなくなる。
当然、「賛成の意見は一つもなかった」は受入れに前向きという自身の立場を自ら裏切る矛盾した発言となる。平野長官はどういった理由から、もしくはどういった利害から受入れに前向きか聞いたはずだし、聞かなければならなかったはずだ。そうしなければ、会談を開催した理由も意味も失う。
町議の側からも相手の質問に応じて、あるいは自分の方からそのことを伝えたはずだし、伝えなければならなかったはずだ。だが、そこの議論が欠けている。「議会に持ち帰って、報告」したとしても、その議論を欠いたままの「報告」であるなら、毒にもクスリにもならない機械的な通り一遍の「報告」で終わる。
隠す必要があったから、明らかにしなかったことは疑いようがない。
他のマスコミ報道から確実に言えることは町議との会談が徳之島島民の反対意志を頑なにしたということである。
《 「分断工作だ」と猛反発 徳之島、政府側に不信感》(中国新聞/10/5/13)
〈徳之島3町の住民らは「島の分断工作だ」と猛反発した。〉
大久幸助天城町長「3町長が首相に民意を伝えたのに、町議が政府側と会うのはいかがなものか」
住民団体「徳之島の平和と自然を考える会」椛山幸栄(かばやま・こうえい)会長「こんな意味のないことになんで政府はエネルギーを使うのか」
但し、受入れ賛成派の前町議の発言も伝えている。
賛成派でつくる「普天間飛行場誘致推進協議会」顧問前田英忠元天城町議「これまでは表立って賛成と言えずにいた人が声を上げるきっかけになる」
そう、受入れ賛成の「声を上げるきっかけ」と狙いを定めた会談でもあったろうから、受入れについて様々な交渉・議論が行われたはずだが、情報隠蔽を謀った。
平野官房長官はさらに側面突破作戦を継続するためには5月15日に鹿児島市を再訪、徳之島関係者と会談。《官房長官が鹿児島・徳之島関係者と会談》(msn産経/2010.5.15 22:24)
〈関係者によると、平野氏は「民意の許せる範囲でお願いしたい」と協力を要請し、訓練移転を受け入れた場合、徳之島空港沿岸の干潟を埋め立て空港を拡張する構想も示したという。〉
「人からコンクリート」への提示である。
この徳之島空港沿岸の干潟埋め立ては勿論のこと、信用できないものの、鳩山首相が言う「自然への冒涜」に当たらない“埋め立て”ということなのだろう。
同じ内容を扱った記事――《徳之島の移設受け入れ柔軟派と官房長官会談 普天間問題》(asahi.com/2010年5月15日23時41分)
記事は、〈徳之島側は「沖縄県並みの振興策を実施してほしい」と要望。平野氏は「検討する」と応じた〉ものの、〈移設案や振興策の詳細な内容には触れなかったという。〉と書いているが、会談出席者は〈受入れに柔軟な地元建設業者や農業関係者ら8人〉だというから、会談に意味を持たせるためにも「検討する」に徳之島側が十分に色気を示すことができる何らかの補足的サイン、鳩山首相の「国外、最低でも県外」、あるいは「5月決着」の約束よりも遥かに信用ができる暗黙の意思表示があったと考えなければならない。
味も素っ気もない「検討する」であったなら、受入れ賛成の仲良しを広げる動きが鈍る。馬にニンジンがあってこそ、奮起勇躍して「お国のため」だ、「安全保障の問題は国民ひとりひとりが考えるべき」だと、ニンジンを隠して大活動する。
いずれにしても徳之島側が〈沖縄県並みの振興策を実施してほしい」と要望〉したということは、振興策を受入れの条件としたことになる。前回の町議との会談では表に出なかった「振興策」が今回の会談で徳之島関係者の側から顔を出したということであろう。
誰も振興策なくして受入れはしない。平野官房長官は自分の方から直接的には表立って振興策を口にしないものの、徳之島3町長反対を受けて以降、振興策で釣るしか道を残していなかった。反対派は振興策という利害、交換条件を念頭には一切入れていないのだから、正面突破を断念して地域振興の側面突破に取りかかったこと自体が振興策で釣るしか道を残していなかったことの証明となる。
島民ぐるみと言っていい程のこれだけの大規模な反対運動、2万6千人もの反対署名という手の内を見せた以上、条件闘争だったとはもはや言えない。
次の16日朝も、平野官房長官は徳之島への基地移設を推進する地元の団体の代表ら14人と会談している。
《徳之島の移設推進団体と会談》(NHK/10年5月16日 11時42分)
平野官房長官「沖縄の負担軽減のため協力をお願いしたい」
その上で、〈受入れ拒否の姿勢を示している徳之島の3つの町の町長と、政府側との会談が実現するよう協力を求め〉たと書いている。
代表者側「安全保障の問題は国民ひとりひとりが考えるべきで、沖縄の負担軽減のためにも基地機能をぜひ徳之島に移転してほしい」
移設の残された突破口が振興策しか残されていない以上、また受入れ賛成派が同じ立場に立っている以上、「安全保障の問題は国民ひとりひとりが考えるべき」も、「沖縄の負担軽減」も、受入れることで結果的にそういった姿を取ることになるが、初期的目的としてはタテマエに過ぎない。
平野官房長官が〈滑走路の拡張やアスファルトの改修など、訓練に対応できるような改修が必要になるという認識を示し〉というが、もし具体的に地域振興に関して口にしていないが事実とするなら、地域振興策が相手方の受入れ条件となっていることに応えて、このような公共工事を先ず最初に挙げることで暗に地元利益誘導となる振興策に応じる姿勢としたに違いない。
久松隆彦(徳之島への基地誘致を推進する団体幹事長、会談後の記者会見で)「ぜひ徳之島に基地を持ってきてくださいとお願いし、政府が方針さえ出せば、徳之島を賛成の方向に持っていくと約束した」
地域振興策を頭に置かずしてお願いするはずはない。このことは徳之島町長の発言が何よりも証明している。
高岡秀規町長「政府が民間の人たちと交渉するというのは異例な状態で残念だ。沖縄の負担軽減問題より経済振興策が先行しかねないことを心配している。今後は、知事とわたしたち3人の町長が窓口になって政府と交渉し、訓練などの移転に反対を訴えていくべきだ」――
移設推進団体がどういう立場、どういう利害で移設推進を求めているか知っているからこその、「沖縄の負担軽減問題より経済振興策が先行しかねないことを心配している」であろう。
記事は伊仙町町長の発言も伝えている。
大久保明町長「3人の町長が鳩山総理大臣に会って、すでに反対の民意を伝えてきたのに、一部の議員や推進派の人たちと交渉する政府のやり方はまちがっている」
〈平野官房長官から町長に話し合いに応じてもらいたいという要望があったことについて〉――
大久保明町長「どんなことがあっても基地をつくらせないというわたしたちの決意は固い。交渉のテーブルにつくということは、受け入れを前提にした条件交渉にしかならない。今後も会う必要はまったくない」
「受入れを前提にした条件交渉」の「条件」とは地域振興以外はなく、町長側は地域振興を「条件」としていないことの証明となる。
受入れに向けた突破口が地域振興以外道はないにも関わらず、平野官房長官が地域振興をあからさまに口にしないのは、また会談で話したとしても、情報隠蔽を謀るのは、「安全保障の問題は国民ひとりひとりが考えるべき」だと言っているタテマエを守らなければならないからだけではなく、4月21日の鳩山・谷垣党首討論での鳩山首相の発言も影響しているはずである。
《【党首討論詳報】(4)首相、普天間問題で「札束でほっぺたをたたかない」》(msn産経/2010.4.21 17:03)
谷垣自民党総裁「奄美の振興予算ですね。これをですね、29%カットしたんです。で、やっぱり離島はなかなか厳しい状況にある。そういう離島の経済的厳しさをいわばダシにして、もしこういう基地の移転につきあうならば何とかすると言わんばかりの手法がね、かいま見えることに奄美大島の人は怒っているんです。徳之島の人は怒っているんです。どうですか」
鳩山首相「谷垣総裁、それはまったくの誤解でございます。奄美の振興に関して予算と、たとえば、札束を、この、いわゆるほっぺたをたたくようなやり方を今までされていたかもしれませんが、私ども新政権は決してそういうやり方はいたしませんから、どうぞそこはご懸念なきようにお願いします」
いわば後先も考えずに自分で自分の足を縛ってしまった。「かつての自民党政権が沖縄の基地について行ってきたように、基地受入れに関しては地域振興も必要です」と言えばよかった。
そう言ったなら、平野官房長官ももう少し自由に地域振興を口にできたはずである。
反対の徳之島3町長を賛成に変える正面突破の方法を模索するのではなく、地元利益誘導の地域振興を受入れ条件としている地元賛成派を側面突破口と位置づけながら、基地移設のマイナスを上回るプラスとなる地域振興を掲げるならまだしも、突破条件となる地域振興を表立って口にすることを自ら封じてしまった。