◆日ロ相互不信は解決すべき外交課題
ロシア軍の日本領空接近に関する続報です。三日間に三回の緊急発進があった、として掲載しましたが本日までにそれ以後は一回の緊急発進があったと発表されているのみ、沈静化したようです。
防衛省統合幕僚監部によれば7日に再度Il-20型機が日本に接近し、航空自衛隊が緊急発進で対処したとのことですが、それ以降の接近に関する発表はありません。7日火曜日、ロシア軍所属のIl-20が1機、沿海州方面から飛行し北海道日本海側の公海上を飛行、日本海沿岸に沿って南下し、秋田沖、新潟沖、能登半島沖を経て丹後半島北方空域でロシア本土へ転進、引き返す航路を採りました。前回までと同じく、統幕HPでは飛行経路は明記されている一方で対処した飛行隊までは公表していませんが、恐らく千歳基地、小松基地、また三沢基地からも緊急発進が行われた事が考えられます。この緊急発進を最後に軍用機への対領空侵犯措置の実施についての発表はありませんので、ひと段落した、という事でしょうか。さて、今回の一連の動きですが、朝雲新聞によればロシア軍が極東管区で実施しているボストーク2010との関係がある、と報じています。全文を引用してみましょう。
7月の朝雲ニュース 7/8日付・・・ ニュース トップ: 大規模演習の露軍機が日本周辺空域飛行 ロシア海軍のイリューシンIL38型対潜哨戒機2機が7月3日、同空軍のツポレフTu95型長距離爆撃機2機がそれぞれ4、5の両日、相次いで日本周辺空域を飛行し、空自の全方面隊の戦闘機などが緊急発進して対応した。領空侵犯はなかった。 IL38は3日、沿海州から日本海を能登半島に向けて接近後、秋田沖、奥尻島、礼文島沖を経てウラジオストク方面に帰投。 Tu95は4日、宗谷海峡、国後水道を経て太平洋側に抜け、根室、襟裳岬沖から三沢、松島沖を周回して同ルートでサハリン方面に戻った。 5日にはサハリン沖から国後水道を抜けて太平洋を南下、いわゆる“東京急行”ルートで房総半島、伊豆諸島、串本、四国沖を周回後、同ルートで北上、百里、松島、三沢沖を経て国後水道からサハリン経由でハバロフスク州方面に戻った。
ロシアでは6月29日から7月8日まで、極東とシベリアの両軍管区の陸海空域で2万人が参加して大規模軍事演習「ボストーク2010」が行われており、4日にはメドベージェフ大統領がオホーツク海で露海軍ヘリの対潜訓練を視察。日本周辺への飛行も同演習の一環と見られる。沖縄沖に中国艦 7月3日午後8時半ごろ、沖縄本島の西南西約170キロの海上で、東シナ海から太平洋に向けて南東進する中国海軍の「ルージョウ」級ミサイル駆逐艦(満載排水量7000トン、艦番号116「石家荘」)、「ジャンウェイⅡ」級フリゲート(同2250トン、同527)各1隻を海自7護衛隊(佐世保)の「きりさめ」が確認した。
引用は以上です。ロシア軍最高司令官であるメドページェフ大統領が自ら視察した今回の演習ですが、その関係で日本周辺へのロシア軍航空機の接近が増加した、という事なのですけれども、一方で航空部隊の日本周辺海域での飛行に連動して択捉島への空挺降下演習を行うなど今回の演習は極東軍管区における日本からの軍事的圧力を想定したものだ、と見てとる事が出来ます。こちらから向こうに攻める、という概念は日本ではなかなか理解できないものなのですが、ソ連時代の資料を見てみれば第二次大戦の戦訓からドイツからのソ連侵攻を真剣にソ連が警戒していた、というものが出てきますので、ロシアが日本に対して一種過剰に警戒している、という事も想定の範囲内、という事が出来るでしょう。
一方で日本ではロシアに対して、1945年8月9日に日ソ不可侵条約を一方的に破棄されて対日宣戦布告が行われ、舞鶴の引き揚げ岸壁を筆頭にシベリア抑留と戦争捕虜の強制労働による大量死というマイナス要素となる問題が残っており、ロシアに対しての不信感が残っているのも事実です。そこに北方領土問題が絡んでくれば、どうしても相互不信が相乗効果で増幅され、緊張が高まる事にもなります。国際法上充分な言い分が日本にはあるのですけれども、日ロ間の相互不信は外交によってしか解決できない問題です。この点、日ソ国交正常化を実現した鳩山一郎総理を継いだ鳩山由紀夫総理にはロシア側も期待していた、と伝えられRTR等でも報じられていたのですがまったく手を触れぬまま退陣に至りました。現政権も参院選での大敗を受け長くはなさそうですが、日ロ間の信頼醸成、という問題を解決しない限り、こうした緊張状態に対する根本的解決とはならなさそうです。
HARUNA
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